この無常の世界は護り斬れなかったものばかりさ ◆0zvBiGoI0k
◆
数刻経過して、相手が素人だと明は判断した。
体幹がなっていない。身のこなしも悪い。動きも攻撃もとにかく雑だ。
怪我で万全でないのではなく、戦い自体に肉体が慣れていないとすぐにわかった。
平和に暮らしていたある日に、化物に襲われてやむなく武器を取った、典型的な素人の戦い方だ。
変身したライダーの装甲服の恩恵か速さと重さはあるものの、動きに思考が追いついていない。
力はあっても、戦うという根本の心構えの時点でなっちゃいないのだ。
怪我で万全でないのではなく、戦い自体に肉体が慣れていないとすぐにわかった。
平和に暮らしていたある日に、化物に襲われてやむなく武器を取った、典型的な素人の戦い方だ。
変身したライダーの装甲服の恩恵か速さと重さはあるものの、動きに思考が追いついていない。
力はあっても、戦うという根本の心構えの時点でなっちゃいないのだ。
"奴からは甲高い声がした、気がする……女か?クソっ上手く聞こえねえ"
変身者に合わせられるのか。ライダーの身長は明よりも一回りほど低い。
記憶力には自信がある。ぼんやり映る背丈は炭治郎と同じくらい。ひょっとしたら相手は子供なのかもしれない。
記憶力には自信がある。ぼんやり映る背丈は炭治郎と同じくらい。ひょっとしたら相手は子供なのかもしれない。
"だとしても、敵だ"
終わったばかりの戦地の真っ只中。血があちこちに飛び散り死体が転がってる場所にわざわざ乗り込んでの、問答無用の奇襲。
友好的な相手だと判断するのがどだい無理な話だ。そして適当にいなして話を聞くだけの余裕も明にはない。
故に、斬る。
この手で首を落とした炭治郎との約束を果たし思いに報いるにも、ここで死ぬわけにはいかない。
友好的な相手だと判断するのがどだい無理な話だ。そして適当にいなして話を聞くだけの余裕も明にはない。
故に、斬る。
この手で首を落とした炭治郎との約束を果たし思いに報いるにも、ここで死ぬわけにはいかない。
宮本明は不死身の男である。
周りの味方は常に彼をそう評する。敵すらも、彼と対峙したら同じ感想を抱かざるを得なくなる。
全身を切り刻まれても、全ての武器を奪われても、数百キロのコンクリートの塊をぶつけられても、一敗地に塗れても。
何事もなく立ち上がり、目の前の障害を次々となぎ倒して首を一刀両断に伏す。
まさしく一騎当千、万夫不当の英雄。本土に生き残る人間が崇め、救世主と触れて回るのも納得の強さだ。
周りの味方は常に彼をそう評する。敵すらも、彼と対峙したら同じ感想を抱かざるを得なくなる。
全身を切り刻まれても、全ての武器を奪われても、数百キロのコンクリートの塊をぶつけられても、一敗地に塗れても。
何事もなく立ち上がり、目の前の障害を次々となぎ倒して首を一刀両断に伏す。
まさしく一騎当千、万夫不当の英雄。本土に生き残る人間が崇め、救世主と触れて回るのも納得の強さだ。
だがそれほどの強さを誇る明でも、彼岸島の吸血鬼は止められなかった。
どれだけ途中で勝利を収めても、最終目標である雅の討伐には決して至らなかったからである。
常識外の能力も奇想天外な閃きも紙一重で通じず、雅には常に惨敗を喫した。
強さや戦術といった云々の次元ではなく。宮本明は雅に勝てないと、見えない運命に縛られていた。
どれだけ途中で勝利を収めても、最終目標である雅の討伐には決して至らなかったからである。
常識外の能力も奇想天外な閃きも紙一重で通じず、雅には常に惨敗を喫した。
強さや戦術といった云々の次元ではなく。宮本明は雅に勝てないと、見えない運命に縛られていた。
大事な一戦でいつも取り零し、心身を擦り減らしながら不屈の精神で立ち上がった戦士。
その雅を、この地で討ち取った。運命への叛逆、その誇るべき悲願の達成の代償に、明は満身創痍だった。
目の前の対処に精神を傾けるのが限界で、味方の可能性を考慮してもいられないほどに。
多量の血を失い、目は霞み、耳は遠い。膝は軋み、足腰は震えている。一歩動かすごとに気の遠くなるような痛みが襲っている。
素人だからとて手加減できる状態にない、最短で決める他なかった。
その雅を、この地で討ち取った。運命への叛逆、その誇るべき悲願の達成の代償に、明は満身創痍だった。
目の前の対処に精神を傾けるのが限界で、味方の可能性を考慮してもいられないほどに。
多量の血を失い、目は霞み、耳は遠い。膝は軋み、足腰は震えている。一歩動かすごとに気の遠くなるような痛みが襲っている。
素人だからとて手加減できる状態にない、最短で決める他なかった。
"ベルトだ。ベルトを狙うんだ"
銃を使うライダーは、腰のベルトの中心から引き抜いたカードから武器を出していたのを思い出す。
理屈はいい。だがそこが力の源だとしたら、逆に弱点かもしれない。
今はただ暴れ回るだけの相手も、冷静になられたらカードの存在に気づく。そうなる前に仕留めなければ。
理屈はいい。だがそこが力の源だとしたら、逆に弱点かもしれない。
今はただ暴れ回るだけの相手も、冷静になられたらカードの存在に気づく。そうなる前に仕留めなければ。
敵が振りかぶる。威力の割に大雑把で、胴が隙だらけの姿勢。
"今だ!"
右手の義手は刃を破壊された。新しい武器と取り替えるまでは使えない。頼れるのは左の菊一文字のみ。
振る必要はない。腕を折り畳んで、残留する体力を腕の筋肉に込めていくイメージ。
振る必要はない。腕を折り畳んで、残留する体力を腕の筋肉に込めていくイメージ。
「はっ!」
拳が明の顔に届く間際、そのタイミングに合わせて解き放つ。
剣の軌道は線ではなく点。握る菊一文字本来の持ち手に勝るとも劣らぬ速さ。最小の動きで急所を刺し貫く"突き"の動きは、狙いを過たず腰の中心を穿った。
本調子であればそのままぶち抜いて余りあるはずだったが、明の狙いはまだ先にある。
剣の軌道は線ではなく点。握る菊一文字本来の持ち手に勝るとも劣らぬ速さ。最小の動きで急所を刺し貫く"突き"の動きは、狙いを過たず腰の中心を穿った。
本調子であればそのままぶち抜いて余りあるはずだったが、明の狙いはまだ先にある。
「ふんっ!」
腕にかかる体重を流して手首を返す。引っかけるようにして振るった横一文字はベルトのデッキ───ライダーの要を外に弾き出した。
「あ……!?」
決着は瞬時に。番狂わせもない予定調和で。
鏡の破壊音と共に変身が解けたことでバランスを失いよろめき倒れ込む影。
遠くなった耳でもわかる、年若い女の声がした。
鏡の破壊音と共に変身が解けたことでバランスを失いよろめき倒れ込む影。
遠くなった耳でもわかる、年若い女の声がした。
両膝をついたまま相手は動かず、抵抗の素振りもない。
ぼやけた視界に映る輪郭や色合いからして、やはり華奢な女子の格好をしていたらしい。
ぼやけた視界に映る輪郭や色合いからして、やはり華奢な女子の格好をしていたらしい。
「──────て」
耳鳴りがする。
身を風が切る音が鼓膜に響いて痛む。
見た目で気を抜けるほど甘い戦いは経験していない。何事かを言う前に首の辺りにだいたいの狙いをつける。
身を風が切る音が鼓膜に響いて痛む。
見た目で気を抜けるほど甘い戦いは経験していない。何事かを言う前に首の辺りにだいたいの狙いをつける。
「どうして、タンジロー君を殺したの」
掠れて憔悴した、弱々しい言葉。
「……なに」
風に紛れて消えそうなほど小さい声を、回復の兆しを見せていた聴覚は逃さず拾い上げてしまった。
明は知らない。
彼女───中野一花が、炭治郎達を連れ戻しに危険を冒してこの場に来た事を。
傷ついた風太郎と炭治郎の遺骸を見つけ、下手人と見做した明に淀んだ炎の意志を向けている事も。
忘我のまま宿敵を斃すのに専心し、周りに気を回す分も全て注ぎ込んでいた。
風太郎や鬼となった炭治郎の助けがなければそこまで届かず、人でなくなった炭治郎の介錯を泣く泣く請け負った。
関係なかった。どれだけ言い訳は用意されていても伝えられなければ意味はなく、事実だけが現実に伝わる。
両者とも事情を慮れずに。明は知らないままで、一花も気づけない。
彼女───中野一花が、炭治郎達を連れ戻しに危険を冒してこの場に来た事を。
傷ついた風太郎と炭治郎の遺骸を見つけ、下手人と見做した明に淀んだ炎の意志を向けている事も。
忘我のまま宿敵を斃すのに専心し、周りに気を回す分も全て注ぎ込んでいた。
風太郎や鬼となった炭治郎の助けがなければそこまで届かず、人でなくなった炭治郎の介錯を泣く泣く請け負った。
関係なかった。どれだけ言い訳は用意されていても伝えられなければ意味はなく、事実だけが現実に伝わる。
両者とも事情を慮れずに。明は知らないままで、一花も気づけない。
「────────────────────ァ」
そして。
死を嘆き、燃え盛るほど激するのは人だけではない事にも。
気づく余地も、なかった。
死を嘆き、燃え盛るほど激するのは人だけではない事にも。
気づく余地も、なかった。
「ァ、ァァァ、ァァ」
小動物のさえずりと大差ないのに、その唸りは大気を震わせた。
辺りを覆う死の気配に共鳴して、人の可聴域を超えた金切り声を発しているのか。
辺りを覆う死の気配に共鳴して、人の可聴域を超えた金切り声を発しているのか。
現れた和服の少女に、一花も明も顔を向けた。
麻の葉文様の着物。市松柄の帯。
血と瓦礫と死体の積まうこの場には似つかわしくない、時代錯誤の姿。しかし最もこの場に相応しい存在。
瞳を赫灼に血走らせ、頬を滂沱の涙で濡らし、竈門禰豆子は声なき叫びに身を震わせた。
麻の葉文様の着物。市松柄の帯。
血と瓦礫と死体の積まうこの場には似つかわしくない、時代錯誤の姿。しかし最もこの場に相応しい存在。
瞳を赫灼に血走らせ、頬を滂沱の涙で濡らし、竈門禰豆子は声なき叫びに身を震わせた。
◆
おぼつかない足取りで日の指す街中を彷徨う。
体中が痛い。頭が割れそうなほど軋む。何より喉が激しく渇いてる。
口腔は自分が吐いた血反吐でべっとり濡れている。だからこれはもっと耐え難い、本能的な話。
体中が痛い。頭が割れそうなほど軋む。何より喉が激しく渇いてる。
口腔は自分が吐いた血反吐でべっとり濡れている。だからこれはもっと耐え難い、本能的な話。
再生のために力を使いすぎてしまった。
肉体維持に躍起になった機能は補充を求めてる。人の、血肉。変わってしまった体はそれしか受け付けない。
いつもなら睡眠で補えられたものが、今はひどく苦痛だ。それもさっきまでは抑えられていたが、受けた傷が深すぎた。
研がれた刀みたいな、怖い女の人。手に握り誰かを守るのではなく、ひとりでに動き、斬る相手は区別なく斬る妖刀。
飛び込む拍子があとひとつ早くても遅くても、この首はついていなかった。逃げられたのは運が良かったからだ。近くの建物が崩れ、砂埃が起きて隙ができた。
そして、その一番高いところからした、慣れ親しんだ気配が心を奮い立たせてくれた。
肉体維持に躍起になった機能は補充を求めてる。人の、血肉。変わってしまった体はそれしか受け付けない。
いつもなら睡眠で補えられたものが、今はひどく苦痛だ。それもさっきまでは抑えられていたが、受けた傷が深すぎた。
研がれた刀みたいな、怖い女の人。手に握り誰かを守るのではなく、ひとりでに動き、斬る相手は区別なく斬る妖刀。
飛び込む拍子があとひとつ早くても遅くても、この首はついていなかった。逃げられたのは運が良かったからだ。近くの建物が崩れ、砂埃が起きて隙ができた。
そして、その一番高いところからした、慣れ親しんだ気配が心を奮い立たせてくれた。
兄の気配。自分を背負い、戦っている、守るべき家族。
砂粒程にしか見えない距離でも、その気配を間違うはずがない。
荒れ狂う衝動を歯を食いしばって必死に呑み込めたのは兄の存在を近く感じ取れたおかげだ。
体が治りきり、衝動もなんとか喉元を通り過ぎてから、自分を護ってくれた人を見えない場所に寝かせて探しに行く。
ほんとうはすぐにでも走り出したかったけど、全身の気怠さと、さっきの人に見つかるかもしれない怖さで歩みは遅々としている。
それでも微かな気配を頼りに進み続ける。兄を求めて千里にも感じる道程を歩む。
砂粒程にしか見えない距離でも、その気配を間違うはずがない。
荒れ狂う衝動を歯を食いしばって必死に呑み込めたのは兄の存在を近く感じ取れたおかげだ。
体が治りきり、衝動もなんとか喉元を通り過ぎてから、自分を護ってくれた人を見えない場所に寝かせて探しに行く。
ほんとうはすぐにでも走り出したかったけど、全身の気怠さと、さっきの人に見つかるかもしれない怖さで歩みは遅々としている。
それでも微かな気配を頼りに進み続ける。兄を求めて千里にも感じる道程を歩む。
会って確かめたかった。謝りたかった。
兄の誓いを穢してしまった事。たくさんの人の信頼を裏切ってしまった事。
自分をまだ保てることを確かめたくて、やってしまった罪を謝りたかった。
ああ、でも。たくさんの理由と責任があったけれど、一番強いものは別のものだ。
兄の誓いを穢してしまった事。たくさんの人の信頼を裏切ってしまった事。
自分をまだ保てることを確かめたくて、やってしまった罪を謝りたかった。
ああ、でも。たくさんの理由と責任があったけれど、一番強いものは別のものだ。
もう自分にはそんな顔を見せてくれないかもしれないけど。
その光に罪ごとを身を灼かれてしまうだろうけど。
会いたかった。
会いたかった。
兄に、長男に、炭治郎にただ会いたかった。
お日様のような優しい笑顔を、この目でもう一度見たかった。
その光に罪ごとを身を灼かれてしまうだろうけど。
会いたかった。
会いたかった。
兄に、長男に、炭治郎にただ会いたかった。
お日様のような優しい笑顔を、この目でもう一度見たかった。
時間の間隔も曖昧。あれからどれぐらい休んで、どれくらい歩いたのかもはっきりしてない中、どうにか匂いの元に辿り着いた。
街の辺りは酷い有様だった。激しい戦いがあったんだろう。色んな人の血の匂いがそこかしこから漂う。
充満する臭気にまた食欲が湧き上がりそうなのを必死に堪えながら、一際濃く感じた、兄の匂いを探る。
あの人はいつも傷だらけで、自分ではない誰かのために戦うから。
血の気配が濃いのは……凄く心配だけど……不思議じゃないから、濃さをおかしいとは思わなかった。
道端に転がってる、丸いソレが目に入るまでは。
街の辺りは酷い有様だった。激しい戦いがあったんだろう。色んな人の血の匂いがそこかしこから漂う。
充満する臭気にまた食欲が湧き上がりそうなのを必死に堪えながら、一際濃く感じた、兄の匂いを探る。
あの人はいつも傷だらけで、自分ではない誰かのために戦うから。
血の気配が濃いのは……凄く心配だけど……不思議じゃないから、濃さをおかしいとは思わなかった。
道端に転がってる、丸いソレが目に入るまでは。
「 ?」
ソレが何であるか、禰豆子は理解する事を拒んだ。
理解を突き抜けて精神が唐突に停止して動かなくなった。
見るな。目を逸らせ。忘れろ。警鐘の言葉が目まぐるしく思考の中で駆け巡ってるが視線は一向に離れない。
逸らせば見たものが何であるか認めてしまう。認めなければいつまでもソレを目に収め続けてしまう。
理解を突き抜けて精神が唐突に停止して動かなくなった。
見るな。目を逸らせ。忘れろ。警鐘の言葉が目まぐるしく思考の中で駆け巡ってるが視線は一向に離れない。
逸らせば見たものが何であるか認めてしまう。認めなければいつまでもソレを目に収め続けてしまう。
「お、にい、ちゃん」
禰豆子は最も真摯で、愚かな選択を取った。目を離さずに、目にしたソレの名を口枷を外して口にした。
衝撃は頭蓋を割り、脳髄を撹拌する。
転がるのは人間の首だ。
黒髪に額の痣。太陽の耳飾り。
ずっと見てきた後ろ姿。追っていた背中と泣き別れにされて落ちていた。
否応なしに下される、竈門炭治郎の死の証だった。
衝撃は頭蓋を割り、脳髄を撹拌する。
転がるのは人間の首だ。
黒髪に額の痣。太陽の耳飾り。
ずっと見てきた後ろ姿。追っていた背中と泣き別れにされて落ちていた。
否応なしに下される、竈門炭治郎の死の証だった。
兄の事が好きだった。
かけがえのない家族。たったひとり残った兄。
人間でなくなった自分を絶対に見捨てず、日の当たる方へ手を引いてくれる。傍にいるだけで日向に当たってる気分になる暖かさをくれる。
なのに兄は首だけになって地面に落ちていた。太陽の沈まぬときはないと思い知らせる、夜の闇のように。
なのに。自分のいないところで、なにも残さず、塵のように。
骸のように。
屑のように。
肉のように。
屍肉のように。
何の意味もないように。
死んでしまった。
かけがえのない家族。たったひとり残った兄。
人間でなくなった自分を絶対に見捨てず、日の当たる方へ手を引いてくれる。傍にいるだけで日向に当たってる気分になる暖かさをくれる。
なのに兄は首だけになって地面に落ちていた。太陽の沈まぬときはないと思い知らせる、夜の闇のように。
なのに。自分のいないところで、なにも残さず、塵のように。
骸のように。
屑のように。
肉のように。
屍肉のように。
何の意味もないように。
死んでしまった。
どうして。
どうして兄ばかりこんな目にあうのだろう。
どうして一生懸命生きてる優しい人達が、いつもいつも踏みつけにされるのだろう。
兄がどんな悪い事をしたのか。どうして置いていってしまうのか。死ぬべきとしたらそれは、血の味を覚えてしまった自分ではないのか。
どうして兄ばかりこんな目にあうのだろう。
どうして一生懸命生きてる優しい人達が、いつもいつも踏みつけにされるのだろう。
兄がどんな悪い事をしたのか。どうして置いていってしまうのか。死ぬべきとしたらそれは、血の味を覚えてしまった自分ではないのか。
”殺せ”
罅の入った心の隙間に、おぞましい声が頭に入ってきた。
”奴等を殺せ。アレはお前の兄を殺した。お前の希望を奪い、首を野晒しにした”
”ならば殺せ。だから殺せ”
”お前が自身を人間だと認めているのなら、兄の仇を取ってみせろ”
掠れた記憶から朧気に再生される、黒い髪。赤い目。鬼の始祖と呼ばれる、全ての元凶。家族の仇。
一度は跳ね除けた闇色の誘惑が再び囁いてくる。
一度は跳ね除けた闇色の誘惑が再び囁いてくる。
首を振って拒絶する。もう人は食べない。誰も殺したくない。
”何を躊躇う。お前には此奴等を殺す権利があり、力もある”
だからって殺していい理由にはならない。死者は甦らない。仇を取っても愛しい人は戻ってこない。
取り返しのつかない事をしたのは百も承知だ。美味しかったけれど、もう、いらない。
取り返しのつかない事をしたのは百も承知だ。美味しかったけれど、もう、いらない。
”そうか”
”ならばやはり、お前は鬼だ”
心が凍る。
”殺された親の、兄弟の、恋人の仇を取ると、人間達はいつも言っていたではないか”
”それをしないお前はもう人間の心がない。ただ自分が生きたいが為に他の人間を犠牲にする。
お前の兄が忌み嫌い首を落としてきた、生き汚い、醜い鬼だ”
お前の兄が忌み嫌い首を落としてきた、生き汚い、醜い鬼だ”
体の熱が冷める。紅蓮に燃ゆる炎が消える。
それがこれまでずっと抱かないでいた人の感情の底、絶望、というものだった。
そこから先には進めない、という断定。冬の雪山で灯りを失くしたまま彷徨う道。
違うのに、嫌なのに、覆されない死という事実は鉄の棒になって激しく打ちのめして痛めつける。
のしかかる絶望に立つ気力を失い、崩折れる。代わりに顔を出すのは本能だ。
犯してならない禁を破られ、止めていた枷が砕け、抑える死後の希望も永遠に消えた。
肉体を作り変えてき二年を、人を守って戦ってきた時間を、全て無意味だったと断定する。どうしようもなく埋め込まれてしまった宿業。
それがこれまでずっと抱かないでいた人の感情の底、絶望、というものだった。
そこから先には進めない、という断定。冬の雪山で灯りを失くしたまま彷徨う道。
違うのに、嫌なのに、覆されない死という事実は鉄の棒になって激しく打ちのめして痛めつける。
のしかかる絶望に立つ気力を失い、崩折れる。代わりに顔を出すのは本能だ。
犯してならない禁を破られ、止めていた枷が砕け、抑える死後の希望も永遠に消えた。
肉体を作り変えてき二年を、人を守って戦ってきた時間を、全て無意味だったと断定する。どうしようもなく埋め込まれてしまった宿業。
「あ、あァァアああああ、ア───────────。
ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
慟哭と本能の混じり合った、魂を千切る絶叫。
悲しみも、怒りも、あらゆる感情が吹き飛んで、残った体だけが、衝動のまま目の前の命めがけて飛び出した。
悲しみも、怒りも、あらゆる感情が吹き飛んで、残った体だけが、衝動のまま目の前の命めがけて飛び出した。
◆
反応は間に合わなかった。
ふらりと現れた少女の事も、その少女が大声で叫び変容し、禍々しく伸びた爪を振るったのも、何もかも分からなかった。
無防備な肩口に爪が引っかかったところで、一花の体が意に沿わぬ衝撃───咄嗟に出した明の蹴り───によって大きく後退した。
ふらりと現れた少女の事も、その少女が大声で叫び変容し、禍々しく伸びた爪を振るったのも、何もかも分からなかった。
無防備な肩口に爪が引っかかったところで、一花の体が意に沿わぬ衝撃───咄嗟に出した明の蹴り───によって大きく後退した。
「上杉を連れて早く逃げろ!!」
孤剣で立ちはだかる明。意識は既に一花から明かな脅威である目の前の猛獣へと移り変わってる。
受け止めた衝撃で、傷口から血が噴き出た。それでも抑え込んだのは鍛え抜かれた体幹の賜物か。
受け止めた衝撃で、傷口から血が噴き出た。それでも抑え込んだのは鍛え抜かれた体幹の賜物か。
「ぐは……っオイ、何してる!」
斬り結ぶ明を前にしても、一花はそこから逃げ出そうとしなかった。
明への殺意はとうに薄れている。残るのは疑問ばかりだ。
何故、自分を殺そうとした相手が逃げろと言い出したのか。風太郎の名まで出したのか。突然襲いかかってきた少女は何者なのか。
ずっと状況に置き去りにされっぱなしだ。これ以上問題を難しくするのは勘弁してほしい。
何もかも分からない一花だったが、それでもひとつだけ、はっきりと理解できる事があった。
明への殺意はとうに薄れている。残るのは疑問ばかりだ。
何故、自分を殺そうとした相手が逃げろと言い出したのか。風太郎の名まで出したのか。突然襲いかかってきた少女は何者なのか。
ずっと状況に置き去りにされっぱなしだ。これ以上問題を難しくするのは勘弁してほしい。
何もかも分からない一花だったが、それでもひとつだけ、はっきりと理解できる事があった。
────ひょっとして、また私、間違えたの?
一人で決めた事を録にできていなかった。
二乃達に助けを呼んで戻ると言っておいて、炭治郎の死に間に合わず、真司と沖田を見つけられないで、その仇も取れず。
探していた風太郎は見つけられたが、自分一人では動かせないほど傷だらけで、これじゃあ連れ帰ったところで負担が増すだけだ。
何一つ。これではあの時とまったく変わりない。
無謀に前に突っ走って呆気なく返り討ちにあった、妹を喪った時と変わっていない。
同じ失敗ばかりだ。どうしてこうも空回りするのか。成長がない。進歩がない。
二乃達に助けを呼んで戻ると言っておいて、炭治郎の死に間に合わず、真司と沖田を見つけられないで、その仇も取れず。
探していた風太郎は見つけられたが、自分一人では動かせないほど傷だらけで、これじゃあ連れ帰ったところで負担が増すだけだ。
何一つ。これではあの時とまったく変わりない。
無謀に前に突っ走って呆気なく返り討ちにあった、妹を喪った時と変わっていない。
同じ失敗ばかりだ。どうしてこうも空回りするのか。成長がない。進歩がない。
そうやって自身を苛め抜いても、出てくるのは乾いた笑いだけで、何の益にもなりはしない。
ああそもそも、この場所に限った事ではなく、少し前からこんな事ばっかりな気がする。
それが一番いいと信じて取った行動が、尽く裏目に出て、自分だけならともかく姉妹や彼にも被害をもたらす。
ああそもそも、この場所に限った事ではなく、少し前からこんな事ばっかりな気がする。
それが一番いいと信じて取った行動が、尽く裏目に出て、自分だけならともかく姉妹や彼にも被害をもたらす。
今しなければならない事がなんであるか理解できないほど一花も愚鈍ではない。
命のかかった状況。生死に直結する分岐路。
失敗に次ぐ失敗が持ち前の行動力にある自信を奪い、行動に過剰に制御をかけている。
また同じ失敗をしてしまうのではないかと。
命のかかった状況。生死に直結する分岐路。
失敗に次ぐ失敗が持ち前の行動力にある自信を奪い、行動に過剰に制御をかけている。
また同じ失敗をしてしまうのではないかと。
蹲っている間にも刻限は目減りし、命運は先細りに縮んでいく。
押されるまま、叩かれるまま下がり続ける明は終始劣勢に駆られていた。
押されるまま、叩かれるまま下がり続ける明は終始劣勢に駆られていた。
「ハッ───ハッ───」
鉛のように重い隻腕。重心が定まらず震える両脚。
それはある種の呪いだ。この手で斬った雅の怨念が全身に絡みついて離れない、そんな妄想が付きまとう。
最後の置き土産だとばかりに傲岸な笑みで、不死身の吸血鬼を殺した代価を支払わせにきているのだ。
それはある種の呪いだ。この手で斬った雅の怨念が全身に絡みついて離れない、そんな妄想が付きまとう。
最後の置き土産だとばかりに傲岸な笑みで、不死身の吸血鬼を殺した代価を支払わせにきているのだ。
「冗談じゃねえ、死んでからも迷惑をかけやがって雅……ぐっ!」
「ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
「ゥァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」
加えて相手の相性が最悪だった。
万全ならば見切り、窮地でもかわしてのけた直線的な禰豆子の突進を、今は避ける事すら叶わず刀で受けるしかできない。
感情が暴走し、多少の負傷も意に介さず、常に出力の上限で襲いかかる禰豆子に対処するだけの力など、ありはしなかった。
万全ならば見切り、窮地でもかわしてのけた直線的な禰豆子の突進を、今は避ける事すら叶わず刀で受けるしかできない。
感情が暴走し、多少の負傷も意に介さず、常に出力の上限で襲いかかる禰豆子に対処するだけの力など、ありはしなかった。
「こんな、ところで……」
立っている事自体が不条理な、必死確定の状態でありながら。
体の停止を訴えてくる危険信号を、意志力としか呼べない力でねじ伏せて明は立っていた。
炭治郎から受け継いだ思いを絶やしてなるものか。そう一念するだけで腕の重みがやわらいでいく。
体の停止を訴えてくる危険信号を、意志力としか呼べない力でねじ伏せて明は立っていた。
炭治郎から受け継いだ思いを絶やしてなるものか。そう一念するだけで腕の重みがやわらいでいく。
「こんなところで、俺は───────!」
心臓に狙いを定められた爪を横一線にて迎撃する。
肉を裂き、骨まで割る剣の冴えは胴まで届かず、二の腕の中程で止まってしまう。
腕の損傷を一切意に介さずそのまま躍りかかる。菊一文字は肉の粘りで絡め取られ、片腕を使おうにも仕込みの愛刀は既に折られている。
だが焦りはない。宮本明の戦い方は武器に依らない。手に取れる道具であればあらゆる局面で一糸に変えてみせる無窮の歩錬。
肉を裂き、骨まで割る剣の冴えは胴まで届かず、二の腕の中程で止まってしまう。
腕の損傷を一切意に介さずそのまま躍りかかる。菊一文字は肉の粘りで絡め取られ、片腕を使おうにも仕込みの愛刀は既に折られている。
だが焦りはない。宮本明の戦い方は武器に依らない。手に取れる道具であればあらゆる局面で一糸に変えてみせる無窮の歩錬。
「おおおおおおおおおっ!」
刀に見切りをつけ肩口に刺さりっぱなしの螺子を引き抜く。
肉の千切れる痛みを叫びで誤魔化し、工業用とはかけ離れた過負荷 の証を握りしめ、がら空きの胴に打ち込む。
臓物を掻き分け背中から貫通する螺子。これには堪えたのか、血を吐いて禰豆子の態勢が空中で崩れる。
千載一遇の好機。腕に食い込んだままの菊一文字を掴み、最後の力を振り絞って振り抜き───
肉の千切れる痛みを叫びで誤魔化し、工業用とはかけ離れた
臓物を掻き分け背中から貫通する螺子。これには堪えたのか、血を吐いて禰豆子の態勢が空中で崩れる。
千載一遇の好機。腕に食い込んだままの菊一文字を掴み、最後の力を振り絞って振り抜き───
「──────ぁ──────────────────────────?」
小気味よい音が鳴った。
サッカーボールの芯を捉えた最高のシュートが決まった瞬間の、どこか爽快ですらある音だった。
ボールにされて回転しながら宙を舞った人間大の肉の塊は、ガードレールで跳ね返り、電柱にぶつかり、家の塀を破砕したところで停止した。
サッカーボールの芯を捉えた最高のシュートが決まった瞬間の、どこか爽快ですらある音だった。
ボールにされて回転しながら宙を舞った人間大の肉の塊は、ガードレールで跳ね返り、電柱にぶつかり、家の塀を破砕したところで停止した。
「───ご、ボ──────」
口から血の泡を吹く。
何が起きたのか、その認識をする前に気絶した。赤黒い塗料がぶち撒けられた表情は見えない。腹が破れて中身が漏れてないのが奇跡だ。
無力となって倒れ伏す明に、しかし蹴り上げた禰豆子は齧りつこうともせず、腹を押さえて固まっていた。
何が起きたのか、その認識をする前に気絶した。赤黒い塗料がぶち撒けられた表情は見えない。腹が破れて中身が漏れてないのが奇跡だ。
無力となって倒れ伏す明に、しかし蹴り上げた禰豆子は齧りつこうともせず、腹を押さえて固まっていた。
「ぎ、ぐるゥゥゥゥゥ───────」
髪を振り乱して、苦痛にもがく低い唸り声。
腹腔には突き刺さった螺子。悶ているのは傷の痛み故ではない。
より深刻で、破滅の引き金を引ききってしまった痛みにこそ喘いでいる。
腹腔には突き刺さった螺子。悶ているのは傷の痛み故ではない。
より深刻で、破滅の引き金を引ききってしまった痛みにこそ喘いでいる。
「ち、ちちちちち、血─────────」
血の摂取は鬼の回復力に直結する。
螺子は明の肩に刺さっていて、それが今は禰豆子の体内に侵入している。
結果は言うに及ばず。
一度目の摂取で覚えてしまった甘味。飢餓に苛まされた頃からの二度目。
起死回生に打った筈の一手は、とっくに崩壊していた禰豆子の人間の精神に、最後の止めを与えたに過ぎなかった。
螺子は明の肩に刺さっていて、それが今は禰豆子の体内に侵入している。
結果は言うに及ばず。
一度目の摂取で覚えてしまった甘味。飢餓に苛まされた頃からの二度目。
起死回生に打った筈の一手は、とっくに崩壊していた禰豆子の人間の精神に、最後の止めを与えたに過ぎなかった。
「────、─────────────────────────────────────────────」
肌に爪を立て、痙攣していた全身が止まる。
ゆるりと起き上がった顔は、もう別のカタチだった。
今までは血色の瞳孔以外は童女のそれだったのが、成人まで手足が伸び、呪詛じみた紋様が浮かんでいる。
額から生え伸びた一本角は、手遅れを示す克明な証だった。
ゆるりと起き上がった顔は、もう別のカタチだった。
今までは血色の瞳孔以外は童女のそれだったのが、成人まで手足が伸び、呪詛じみた紋様が浮かんでいる。
額から生え伸びた一本角は、手遅れを示す克明な証だった。
顔を上げた鬼の表情が映すのは……笑い、喜悦、欲求、垂涎。
ニンゲンを食い物としてしか見做さない視線。それを恥じ入る心もない。
悪鬼羅刹。世に数多蔓延り蠢く、堕ちた鬼そのものだった。
ニンゲンを食い物としてしか見做さない視線。それを恥じ入る心もない。
悪鬼羅刹。世に数多蔓延り蠢く、堕ちた鬼そのものだった。
「え───────」
単に、距離が一番近かったからなのか。
肉を選り好みするだけの余裕が生まれたからなのか。
鬼の魔眼はへたり込んだままの傷のない一花を捉え、にんまりと笑った。腐乱した花のような、壊れた笑顔だった。
蛇に睨まれた蛙さながら。一花は首筋に走る寒気だけを漠然と感じながら、鬼が到来するのを待つだけしかできず。
肉を選り好みするだけの余裕が生まれたからなのか。
鬼の魔眼はへたり込んだままの傷のない一花を捉え、にんまりと笑った。腐乱した花のような、壊れた笑顔だった。
蛇に睨まれた蛙さながら。一花は首筋に走る寒気だけを漠然と感じながら、鬼が到来するのを待つだけしかできず。
「アマゾンッッ!」
咆哮。そして爆裂。
一花に向かう鬼の前に躍り出た影から吹き出した、目を覆う熱波が吹き荒ぶ。
いきなり発生した強風に飛ばされた一花だが、幸い怪我には繋がらずに済んだ。何事かと目を凝らせば、誰かが鬼にしがみついて動きを止めていた。
また、助けが来たんだろうか。安堵しかけた一花だが、像が顕になった乱入者を見て、吐きかけた息を飲み込んだ。
生物と金属を混ぜ合わせた異形の装甲。
色や細部こそ違えどその外観は、千翼という少年が姿。
五月の命を奪った怪物と酷似していた。
一花に向かう鬼の前に躍り出た影から吹き出した、目を覆う熱波が吹き荒ぶ。
いきなり発生した強風に飛ばされた一花だが、幸い怪我には繋がらずに済んだ。何事かと目を凝らせば、誰かが鬼にしがみついて動きを止めていた。
また、助けが来たんだろうか。安堵しかけた一花だが、像が顕になった乱入者を見て、吐きかけた息を飲み込んだ。
生物と金属を混ぜ合わせた異形の装甲。
色や細部こそ違えどその外観は、千翼という少年が姿。
五月の命を奪った怪物と酷似していた。
「ア、ア”ァ”ア”ア”ア”!」
「禰豆子ちゃん、やめるんだ!それ以上は戻れなくなる!」
「禰豆子ちゃん、やめるんだ!それ以上は戻れなくなる!」
戦慄する一花を尻目に、鬼に取り付いた悠、アマゾンオメガは必死に禰豆子だったものに呼びかける。
いいや、悠が変身した姿はオメガではない。
養殖の碧の上に被さった鋼鉄の鎧。彼の為に開発された最新式のドライバー、ν オメガに置き換わっていた。
いいや、悠が変身した姿はオメガではない。
養殖の碧の上に被さった鋼鉄の鎧。彼の為に開発された最新式のドライバー、
新たなベルトは悠に支給されてはいなかった。見つけたのは意識を取り戻した後、消えた禰豆子を追って来たまさにこの場。
回収する余裕もなく散らばったデイパック、その中身に紛れていたのだ。
デイパックの持ち主は宮本明。だが元を辿れば明の支給品ではなく拾ったもの。
彼が最初に邂逅し、戦った敵の置いていった荷物。クラゲアマゾンという名でしか呼ばれない、ある怪物に支給されていた品だった。
回収する余裕もなく散らばったデイパック、その中身に紛れていたのだ。
デイパックの持ち主は宮本明。だが元を辿れば明の支給品ではなく拾ったもの。
彼が最初に邂逅し、戦った敵の置いていった荷物。クラゲアマゾンという名でしか呼ばれない、ある怪物に支給されていた品だった。
「どうして、こんなにまで……!」
悠の胸中を憔悴と混乱が渦巻く。 自分が気を失っていた間にいったい何が起きたというのか。
ここまでの狂乱ぶりは雅貴との一件ですらなかった。
血に飢え狂った状態から、雅貴との機転と呼びかけでぎりぎりの範囲で人の側に引き戻せていたのに。
ここまでの狂乱ぶりは雅貴との一件ですらなかった。
血に飢え狂った状態から、雅貴との機転と呼びかけでぎりぎりの範囲で人の側に引き戻せていたのに。
「ヴァ、アアアアアアア!」
「禰豆子ちゃ……ぐっ!」
「禰豆子ちゃ……ぐっ!」
強化されたドライバーなのに、前より引き剥がそうとする禰豆子の力は強まっている。
一度上がった出力が落ちる事がない。制御や洗練されたものとは逆方向の、暴走するバイクからブレーキを引き抜いたが如きの暴挙。
一度上がった出力が落ちる事がない。制御や洗練されたものとは逆方向の、暴走するバイクからブレーキを引き抜いたが如きの暴挙。
「ごふ……っ」
鬼の膂力に晒されるより先に吐血する。繋がりきっていない胴体を無茶に動かした反動だった。
鑢七実によって半死半生にされた身、並外れた再生力のアマゾン細胞を以てしても間隔が短すぎる。
ドライバーで細胞を活性化させてどうにか活動できている段階なのだ。
鑢七実によって半死半生にされた身、並外れた再生力のアマゾン細胞を以てしても間隔が短すぎる。
ドライバーで細胞を活性化させてどうにか活動できている段階なのだ。
のしかかる体重を支えきれず膝を折りかける悠に容赦なく乱舞を浴びせる禰豆子。
得物を嬲るのに躍起になってるところに、横合いから飛来した螺子の散弾が手足を貫いた。
損傷は軽微だが、意識が僅かに逸れた。その隙に拳を差し込み、渾身の力で殴り飛ばす。
内蔵を捉えたひしゃげる嫌な音が鳴る。吹き飛ばされた鬼は廃屋に激突し、その衝撃で起きた崩落に巻き込まれ埋められた。
得物を嬲るのに躍起になってるところに、横合いから飛来した螺子の散弾が手足を貫いた。
損傷は軽微だが、意識が僅かに逸れた。その隙に拳を差し込み、渾身の力で殴り飛ばす。
内蔵を捉えたひしゃげる嫌な音が鳴る。吹き飛ばされた鬼は廃屋に激突し、その衝撃で起きた崩落に巻き込まれ埋められた。
「お前……いま、禰豆子って言ったか?」
悠と禰豆子が組み合っていた短い時間で、明は立ち上がった。負傷の度合いを鑑みるに信じがたい回復力である。
隻腕には飛ばした螺子と種類と同系統。球磨川が武器に使っていた道具を目ざとく回収していた。
隻腕には飛ばした螺子と種類と同系統。球磨川が武器に使っていた道具を目ざとく回収していた。
「あの吸血鬼が……禰豆子なのか?炭治郎の妹の」
「……知ってるんですか?」
「え?タンジロー君の妹って……」
「……知ってるんですか?」
「え?タンジロー君の妹って……」
名も知らぬ男から出た思わぬ言葉に悠が明の方に顔を向ける。後ろで見ていた一花も思わず加わった。
光明が見えてきた。彼を連れてくれば禰豆子の自我を取り戻す事ができる。そんな希望を抱いた悠に、明は無情にも突きつけた。
光明が見えてきた。彼を連れてくれば禰豆子の自我を取り戻す事ができる。そんな希望を抱いた悠に、明は無情にも突きつけた。
「炭治郎は……俺が殺した」
アマゾンとなった悠の瞳孔が驚愕に大きく見開かれる。一花の肩が揺れる。
悠は辺りに目をやる。すぐ近くに晒されている、首を斬られた年若い子供。
禰豆子と面影を同じくする、あれが、
悠は辺りに目をやる。すぐ近くに晒されている、首を斬られた年若い子供。
禰豆子と面影を同じくする、あれが、
「───!なんで!」
憤慨に胸ぐらを掴むが、明は抵抗せず、苦悶と悔悟の表情を浮かばせて吐き捨てた。
「炭治郎は吸血鬼になってしまった!雅のやつに吸血鬼にされた人間は元に戻らない!一匹でも吸血鬼が残れば、そこから爆発的に感染しちまう。
だが……言い訳にするつもりはない。結局俺が首を斬ったのには変わりがない。あんなにやさしい……やつだったのに!」
「……っ!」
だが……言い訳にするつもりはない。結局俺が首を斬ったのには変わりがない。あんなにやさしい……やつだったのに!」
「……っ!」
事情は見えずとも男には不本意な選択、やりきれない思いである事は察せられた。
明の懺悔に、悠は手を離すしかなかった。
明の懺悔に、悠は手を離すしかなかった。
「シャアアアアア……………………!」
土埃が止んだ瓦礫の山に鬼が降り立つ。腹に空いた穴は塞がり、太陽の下で何の制約も受けずに活動している。
千年に渡る妄執が夢見た、限りなく完璧に近い存在、その結実に至りかけた成功個体。
食人衝動に呑まれた鬼は堕ちた獣ですらない災害に等しい。
そして鳴りを潜めた頃には、人の頃の記憶は朧に消える。鬼として最適化された醜悪な人格が構築される事になる。
千年に渡る妄執が夢見た、限りなく完璧に近い存在、その結実に至りかけた成功個体。
食人衝動に呑まれた鬼は堕ちた獣ですらない災害に等しい。
そして鳴りを潜めた頃には、人の頃の記憶は朧に消える。鬼として最適化された醜悪な人格が構築される事になる。
腰を低く落とし、悠が構える。もう、止める手段はひとつしかなかった。
「禰豆子を元に戻す方法はないのか。俺は約束したんだ。妹を護ってやるって、炭治郎の最後の願いなんだ……!」
「炭治郎……禰豆子ちゃんの兄は、彼女が人でいられる為の希望だった。
それが絶たれた今、人を食べてしまった彼女を落ち着かせる方法はもうありません。ここで、終わらせるしか」
「そんな……」
「炭治郎……禰豆子ちゃんの兄は、彼女が人でいられる為の希望だった。
それが絶たれた今、人を食べてしまった彼女を落ち着かせる方法はもうありません。ここで、終わらせるしか」
「そんな……」
悠の中の天秤は完全に傾いた。自分に課した『線引き』を超えた同胞に、いつも手を下してきた。
そして明も、過去その枠の『線引き』に踏み込んだ仲間には、誰であっても同じ事をしてきた。
そして明も、過去その枠の『線引き』に踏み込んだ仲間には、誰であっても同じ事をしてきた。
「ちくしょう……っ」
手に菊一文字を握り直す。どんなに頭の中に葛藤があっても歴戦の戦士の武芸は翳っていなかった。
どんなに追い込まれた精神状態でも明の剣腕は鈍らない鋭き刃だ。無数の艱難辛苦を乗り越え勝利してきた。
そうだ。仲間も友も師も家族も、どれだけ大切で、愛していても、吸血鬼になったのなら斬り伏せた。
その度に苦悩し、涙を流し、肉体以上の傷を背負い苛んだ。その度に強くなる事を誓った。悲しみの連鎖を終わらせるのだと心を燃やした。
全ては雅を倒す為。心身を擦り減らしてでも吸血鬼撲滅の願いを継いできたからこそ戦ってこられた。
どんなに追い込まれた精神状態でも明の剣腕は鈍らない鋭き刃だ。無数の艱難辛苦を乗り越え勝利してきた。
そうだ。仲間も友も師も家族も、どれだけ大切で、愛していても、吸血鬼になったのなら斬り伏せた。
その度に苦悩し、涙を流し、肉体以上の傷を背負い苛んだ。その度に強くなる事を誓った。悲しみの連鎖を終わらせるのだと心を燃やした。
全ては雅を倒す為。心身を擦り減らしてでも吸血鬼撲滅の願いを継いできたからこそ戦ってこられた。
だがこれはなんだ?
雅の次に新しい敵が現れて、しかも敵は護ると言ったばかりの仲間の家族。死に際の約束ひとつも守れない無様を晒してる。
救うすべなど、思いつくわけがなかった。
宮本明の戦いは常に倒す為のもの。失ったものを積み上げた丘を登る孤独の勝利。
刃になった腕では誰かを抱きしめられず、片腕で掬えるものはあまりに少なく、指の先から零れ落ちていくばかり。
雅の次に新しい敵が現れて、しかも敵は護ると言ったばかりの仲間の家族。死に際の約束ひとつも守れない無様を晒してる。
救うすべなど、思いつくわけがなかった。
宮本明の戦いは常に倒す為のもの。失ったものを積み上げた丘を登る孤独の勝利。
刃になった腕では誰かを抱きしめられず、片腕で掬えるものはあまりに少なく、指の先から零れ落ちていくばかり。
鬼となった禰豆子を、明はやはり倒すだろう。淀みなき不屈の刃でその首に斬を落とすだろう。
無双の勝利と引き換えに、仲間を失い続ける過負荷(マイナス)を重ねていくのだろう。
その後にいったい何が残るのか。救世主?常勝の英雄?
そんな肩書きは欲しくもない。欲しかったものはもう記憶の彼岸なほど遠い。
空っぽだ。
この手には何も、残っていなかった。
無双の勝利と引き換えに、仲間を失い続ける過負荷(マイナス)を重ねていくのだろう。
その後にいったい何が残るのか。救世主?常勝の英雄?
そんな肩書きは欲しくもない。欲しかったものはもう記憶の彼岸なほど遠い。
空っぽだ。
この手には何も、残っていなかった。
「ちくしょう────────────────────!」
跳躍し飛びかかる鬼。
迎え撃つ戦士と獣。
三者三様の慟哭が混じり合う。
爪と刃、悲しみと怒りの交錯点で、紅蓮の華が咲き誇った。
迎え撃つ戦士と獣。
三者三様の慟哭が混じり合う。
爪と刃、悲しみと怒りの交錯点で、紅蓮の華が咲き誇った。
前話 | お名前 | 次話 |
悪鬼滅殺(4) | 宮本明 | Alive A life~Revolution~ |
上杉風太郎 | ||
中野一花 | ||
眠れ、地の底に/VIORENT PUNISH | 水澤悠 | |
竈門禰豆子 |