上田次郎のどんと来い、鬼退治 ◆ZUJmXB0CS.
(これから、どうする?)
部屋のソファに座る中野二乃は、焦りを感じていた。
殺し合いに否定的な参加者たちと出会い、安心感から恋愛事情を吐露した十数分後。
冷静さを取り戻すにつれて、自分たちの現状について再認識し始めた。
すると、大切な人たちが今どこでどうしているのか、無性に気になり出したのだ。
殺し合いに否定的な参加者たちと出会い、安心感から恋愛事情を吐露した十数分後。
冷静さを取り戻すにつれて、自分たちの現状について再認識し始めた。
すると、大切な人たちが今どこでどうしているのか、無性に気になり出したのだ。
(私みたいに、安全な人に会えるとは限らないのよね)
もし、危険な人物に襲われたとき、彼ら彼女らは逃げることができるのか。
それぞれの顔と、林間学校でのスキーの腕前などを思い出しながら、二乃なりに考える。
五姉妹の中で運動神経が良いのは四葉だが、それでも女子高校生の範囲は超えない。
そして、一花や五月、二乃の運動能力はいたって平均。
三玖と風太郎は、運動音痴のカテゴリに入る。
それぞれの顔と、林間学校でのスキーの腕前などを思い出しながら、二乃なりに考える。
五姉妹の中で運動神経が良いのは四葉だが、それでも女子高校生の範囲は超えない。
そして、一花や五月、二乃の運動能力はいたって平均。
三玖と風太郎は、運動音痴のカテゴリに入る。
(そう、例えば上田さんみたいな男の人に襲われたら……)
同じ部屋にいる上田次郎をちらりと見る。その体格は風太郎よりも良い。
本人曰く「通信教育で空手を学んだ」らしく、その発言にも納得できるガタイの良さだ。
二乃は冷静に、逃げられないと判断した。
何しろ自分が襲われたと仮定しても、逃げられる気がしないのだ。
他の姉妹も風太郎も、逃げられるイメージは浮かばなかった。
可能性があるとすれば四葉だが、単純でお人好しなので、簡単に騙されそうだと判断した。
本人曰く「通信教育で空手を学んだ」らしく、その発言にも納得できるガタイの良さだ。
二乃は冷静に、逃げられないと判断した。
何しろ自分が襲われたと仮定しても、逃げられる気がしないのだ。
他の姉妹も風太郎も、逃げられるイメージは浮かばなかった。
可能性があるとすれば四葉だが、単純でお人好しなので、簡単に騙されそうだと判断した。
(みんな大丈夫かしら……)
そんな焦りはつゆ知らず、上田は鏡台に自分の首元を映してしげしげと眺めている。
沖田が外へ見回りに出てから、もう十五分以上そうしていた。
二乃は呆れながらも、上田に声をかけた。
沖田が外へ見回りに出てから、もう十五分以上そうしていた。
二乃は呆れながらも、上田に声をかけた。
「上田さん、これから――」
「まず考えるべきは、この首輪を外す方法を考えることだろう」
「えっ、コレ外せるの?」
「まず考えるべきは、この首輪を外す方法を考えることだろう」
「えっ、コレ外せるの?」
食い気味な上田の言葉に、二乃は驚いた。
BBに嵌められた首輪。これが有るのと無いのとでは、状況が大きく異なる。
まさかと思いつつ、反応する声にも、自然と期待が込められる。
BBに嵌められた首輪。これが有るのと無いのとでは、状況が大きく異なる。
まさかと思いつつ、反応する声にも、自然と期待が込められる。
「もちろん。私はマサチューセッツ工科大学の研究機関にいたこともある。
専門は物理だが、なに、仕組みが分かって適切な工具があれば、簡単に外せる」
専門は物理だが、なに、仕組みが分かって適切な工具があれば、簡単に外せる」
口角を上げて、どや顔をする上田。
「で、仕組みは分かるの?」
「……」
「……工具は?」
「……」
「……」
「……工具は?」
「……」
二乃の期待は、あっさりとしぼんだ。
上田は気を取り直したように話を再開する。
上田は気を取り直したように話を再開する。
「そう、仕組みは外から観察するだけでは限界がある。
この首輪の設計図か……あるいは、そう、サンプルが欲しいところだな」
「サンプルって、どう……」
この首輪の設計図か……あるいは、そう、サンプルが欲しいところだな」
「サンプルって、どう……」
二乃は続く問いを呑み込んだ。
首輪を手に入れる方法。それは簡単に想像できたが、口にするのは憚られた。
首輪を手に入れる方法。それは簡単に想像できたが、口にするのは憚られた。
「……BBは、ゲーム感覚で殺し合いをさせる異常者だ。
何かの気まぐれで設計図を支給している可能性もあるだろう。
個人的には、このA-3エリアにある“研究所”が気になるが……」
何かの気まぐれで設計図を支給している可能性もあるだろう。
個人的には、このA-3エリアにある“研究所”が気になるが……」
上田も明言するつもりはないようで、お茶を濁すような言い方をした。
しかし、それよりも二乃は上田の発言で気になる点があった。
しかし、それよりも二乃は上田の発言で気になる点があった。
「じゃあ、上田さんは研究所に行くの?私、PENTAGONに行きたいんだけど」
「君の住んでいるマンションか……ふむ」
「君の住んでいるマンションか……ふむ」
行きたい理由は、姉妹がいる可能性が高いから。
単純な発想だが、それ以外に姉妹と会う方法は考えついていない。
そんな問いかけに、上田は腕を組んで難色を示した。
現在地点を考えると、PENTAGONと研究所とは方向が大きく異なるのだから当然だ。
単純な発想だが、それ以外に姉妹と会う方法は考えついていない。
そんな問いかけに、上田は腕を組んで難色を示した。
現在地点を考えると、PENTAGONと研究所とは方向が大きく異なるのだから当然だ。
「行かせてあげるべきでしょう。上田さん」
そこに現れたのは、新選組の沖田総司。
三十分ほど前、上田が沖田に外の偵察を頼んでいたのだが、ちょうど帰ってきたようだ。
三十分ほど前、上田が沖田に外の偵察を頼んでいたのだが、ちょうど帰ってきたようだ。
「おお沖田くん。外の様子はどうだった?」
「生憎と誰にも会えませんでした。ただ……」
「生憎と誰にも会えませんでした。ただ……」
コホコホと咳をしてから、沖田は壁に背を付けた。
痩せた身体で咳をするものだから、どうしても心配になる。
二乃がそれを伝えると、沖田は「よく言われます」と微笑んだ。
痩せた身体で咳をするものだから、どうしても心配になる。
二乃がそれを伝えると、沖田は「よく言われます」と微笑んだ。
「ただ?」
「わずかですが血と火薬の臭いがします。京を思い出しますね」
「京か。ハハハ、流石は新選組だ」
「わずかですが血と火薬の臭いがします。京を思い出しますね」
「京か。ハハハ、流石は新選組だ」
沖田の表情は真剣そのものだった。
二乃はそんな沖田の言葉に、不吉なものを感じた。
二乃はそんな沖田の言葉に、不吉なものを感じた。
■
(京を思い出すだと?どうやら、本気で沖田総司を演じているらしいな。
“こりん星”とか“ちぇるちぇるランド”のようなものか?まったく、理解に苦しむ)
“こりん星”とか“ちぇるちぇるランド”のようなものか?まったく、理解に苦しむ)
上田次郎は笑いながら、内心では沖田のことを訝しんでいた。
そもそも、上田はこの現状を“テレビ番組の企画”だと考えていた。
バラエティ番組においては、“ドッキリ”という表現手法が長年使用されてきた。
最近では、単純に驚かせるだけではなく、長時間の観察をおこなう手法も多い。
この殺し合いも、それに類似した壮大な企画に違いない、という考察である。
そもそも、上田はこの現状を“テレビ番組の企画”だと考えていた。
バラエティ番組においては、“ドッキリ”という表現手法が長年使用されてきた。
最近では、単純に驚かせるだけではなく、長時間の観察をおこなう手法も多い。
この殺し合いも、それに類似した壮大な企画に違いない、という考察である。
(何の説明もなしに参加させるとは非常識だが、まあそれはいい。)
上田はまた、参加者それぞれに役割があることをも看破した。
中野二乃を含めた五姉妹のように、無力であり、踊らされる役割。
自分を沖田総司だと思い込んでいる一般人のように、舞台を混乱させる役割。
そして、殺し合いという企画を進めるためには、他者を襲う役割もいると予想できる。
それでは、上田自身が考える、上田の役割とは何か。
中野二乃を含めた五姉妹のように、無力であり、踊らされる役割。
自分を沖田総司だと思い込んでいる一般人のように、舞台を混乱させる役割。
そして、殺し合いという企画を進めるためには、他者を襲う役割もいると予想できる。
それでは、上田自身が考える、上田の役割とは何か。
(この世界一の天才がするべきことは、この島からの華麗なる脱出だ!)
上田次郎は天才物理学者である。
つまり、明晰な頭脳を期待されて、企画の参加者に選ばれたのである。
ならば、首輪を解除し、不可能と告げられた脱出を成功させるのは当然のこと。
加えて、偉大なる先達として、迷える者たちを導くことも欠かせない。
上田は迷える者たちを横目で見た。
つまり、明晰な頭脳を期待されて、企画の参加者に選ばれたのである。
ならば、首輪を解除し、不可能と告げられた脱出を成功させるのは当然のこと。
加えて、偉大なる先達として、迷える者たちを導くことも欠かせない。
上田は迷える者たちを横目で見た。
「ねぇ、血と火薬ってどういうこと?」
「ここから少し離れたところで、爆発か何かが起きたようです。
死人が出たかどうかは分かりませんけど。少なくとも怪我人はいますね」
「そんな……」
「ここから少し離れたところで、爆発か何かが起きたようです。
死人が出たかどうかは分かりませんけど。少なくとも怪我人はいますね」
「そんな……」
平然と告げる沖田に、目に見えて動揺する二乃。
姉妹や想い人が巻き込まれている可能性があるのだから無理もない。
ここは上田が、安心するような言葉をかけるべきだろう。
そう、落ち着きを取り戻させるために。
姉妹や想い人が巻き込まれている可能性があるのだから無理もない。
ここは上田が、安心するような言葉をかけるべきだろう。
そう、落ち着きを取り戻させるために。
「心配しなくても――」
「ですから、上田さん。早く移動するべきだ。
二乃さんの大事な人たちを、一刻も早く探さなければ」
「ですから、上田さん。早く移動するべきだ。
二乃さんの大事な人たちを、一刻も早く探さなければ」
考え出した言葉は遮られた。
「……うむ」
上田は躊躇いを抱いていた。
もちろん、今のところ安全なこの場所から動きたくない、という理由ではない。
危険な人物がいるかもしれない場所に行くのが怖いという、臆病な発想ではない。
たった独りで行動することへの不安感など、全く存在しない。
決して、そんな理由ではないのだ。
もちろん、今のところ安全なこの場所から動きたくない、という理由ではない。
危険な人物がいるかもしれない場所に行くのが怖いという、臆病な発想ではない。
たった独りで行動することへの不安感など、全く存在しない。
決して、そんな理由ではないのだ。
「私はPENTAGONに行きたいんだけど、沖田さんはどうするの?」
「特に目的地はありませんし、二乃さんの護衛をしますよ」
「ホント!?」
「特に目的地はありませんし、二乃さんの護衛をしますよ」
「ホント!?」
自分がいなくなると、この二人は心細く感じるかもしれない。
年長者として、まだ若い二人を導く必要があるのではないか。
そんな思考から、上田は躊躇うのだ。
年長者として、まだ若い二人を導く必要があるのではないか。
そんな思考から、上田は躊躇うのだ。
「ただ、大砲か銃か分かりませんが、武器を持った人もいますから、行動は慎重に。
基本的にわたしが先行して、安全を確かめてから、二乃さんが付いてくる形にしましょう」
「え、ええ……わかったわ」
基本的にわたしが先行して、安全を確かめてから、二乃さんが付いてくる形にしましょう」
「え、ええ……わかったわ」
しかし、躊躇う間にも時間は過ぎていく。
なんなら上田抜きで話が進んでいる。
上田は沖田と二乃の間に割り込んで言った。
なんなら上田抜きで話が進んでいる。
上田は沖田と二乃の間に割り込んで言った。
「それと、姉妹の皆さんの特徴を――」
「よし。私は先程も言ったが“研究所”に興味がある。二手に分かれることにしよう」
「よし。私は先程も言ったが“研究所”に興味がある。二手に分かれることにしよう」
上田は研究所まで単身で行動をすることを決断した。
これは勇気ある決断である、と上田は内心で自分を褒めた。
これは勇気ある決断である、と上田は内心で自分を褒めた。
――もし、このとき上田が既に“鬼”や“亜人”のような異形の存在を目にしていたら、この殺し合いをテレビの企画と勘違いせず、同じ行動を取ることが出来ただろうか。
「では、行きましょうか」
「ええ」
「ええ」
そうして、ようやく上田たちは外に出た。
外はまだ暗い。暗闇は恐怖の対象である。
上田は自分を奮い立たせるために、あの言葉を呟こうと決めた。
外はまだ暗い。暗闇は恐怖の対象である。
上田は自分を奮い立たせるために、あの言葉を呟こうと決めた。
「なぜベストを――」
「しっ!静かに」
「しっ!静かに」
沖田が鋭い声を発したのは、そのときだった。
■
(蹄の音――!)
西の方角を見ながら、沖田総司は警戒心を強めた。
舗装された道の向こうから聞こえてくるのは、馬の蹄の音だ。
舗装された道の向こうから聞こえてくるのは、馬の蹄の音だ。
「へぇ、イケメンの男二人に、可愛らしい子やないの」
人気の無い暗闇から、その姿はいきなり現れたかに見えた。
見事な白馬にまたがる、着物の少女だ。
少女は沖田たちを見つけると、馬からひょいと降りて近づいてきた。
見事な白馬にまたがる、着物の少女だ。
少女は沖田たちを見つけると、馬からひょいと降りて近づいてきた。
「そこの人はおっきぃなぁ。背ぇもやし、コッチも……」
「どぅわっ!?や、止めなさい!」
「どぅわっ!?や、止めなさい!」
近くにいた上田の下半身をまさぐる少女。上田は制止の声を出すが、抵抗は弱い。
やたらと露出の高い服に、年不相応な色香。
これだけでも奇妙な存在だが、それより沖田が注目したのは、一対の角である。
やたらと露出の高い服に、年不相応な色香。
これだけでも奇妙な存在だが、それより沖田が注目したのは、一対の角である。
「……あんた、鬼ですか?」
鬼へと向ける感情は人より何倍も強い沖田。
おのずと少女に向ける視線は鋭く、語気は強くなる。
おのずと少女に向ける視線は鋭く、語気は強くなる。
「なぁに?不躾やわぁ。
人にものを尋ねるときは、自分から名乗るべきと違う?」
人にものを尋ねるときは、自分から名乗るべきと違う?」
不満そうな声を出し、殺意を隠そうともしない少女。
剣呑な雰囲気に、上田は冷や汗を流し、二乃は身震いをした。
剣呑な雰囲気に、上田は冷や汗を流し、二乃は身震いをした。
「……新選組一番隊組長、沖田総司」
沖田は静かに名乗りを上げた。
すると、少女は一瞬きょとんとして、それから納得したように頷いた。
すると、少女は一瞬きょとんとして、それから納得したように頷いた。
「へぇ……ウチの知ってる沖田総司は、女子(おなご)やったけどなぁ」
「……?」
「……?」
沖田総司が女子?そんな疑問符を浮かべつつ、相手は鬼なのだから、まともに相手をするのは間違いなのかもしれないと思い、思考から排除する。
「そんなことより、わたしは名前を名乗りましたけど」
沖田は、愛刀の切っ先を少女に向けた。
少女は嘆息してから、挨拶をし始めた。
少女は嘆息してから、挨拶をし始めた。
「せやったね――ウチは酒呑童子。
あんたはんの想像通り、こんななりでも鬼どす。あんじょう、よろしゅう」
「しゅてんどうじ?」
「京都の大江山にいたとされる、伝説の鬼の名前だ」
あんたはんの想像通り、こんななりでも鬼どす。あんじょう、よろしゅう」
「しゅてんどうじ?」
「京都の大江山にいたとされる、伝説の鬼の名前だ」
首を傾げる二乃と、解説を入れる上田。
その名前は沖田もいつか聞いた覚えがある。かの名将、源頼光らが討伐したとされる鬼の頭領だ。
しかし、知名度はさして重要ではない。
その名前は沖田もいつか聞いた覚えがある。かの名将、源頼光らが討伐したとされる鬼の頭領だ。
しかし、知名度はさして重要ではない。
「そうですか。そんなナリでも鬼なんすね」
重要なのは、相手が“鬼”であり。
沖田総司の使命が“鬼退治”であるということだ。
沖田総司の使命が“鬼退治”であるということだ。
「うふふ、そないに殺気を出されると、ウチも昂るわぁ」
沖田は鞘を投げ捨てた。
■
剣筋が閃く。
目にも留まらぬ沖田の突きが、酒呑童子の胸に迫る。
目にも留まらぬ沖田の突きが、酒呑童子の胸に迫る。
対する酒呑童子は、後方に跳ぶことでそれを回避する。
そのまま民家の壁面に足をつけると、常人離れした脚力で以て、自らの身体を射出した。
酒呑童子の身体は軽いとはいえ、当たれば重い一撃となる。
そのまま民家の壁面に足をつけると、常人離れした脚力で以て、自らの身体を射出した。
酒呑童子の身体は軽いとはいえ、当たれば重い一撃となる。
間一髪、沖田は斜め前に倒れるように身を屈めて、事なきを得る。
同時に刃で腕を切り裂かんとしたが、かすった程度の感触しか得られない。
すぐさま立ち上がり振り向くと、酒呑童子も同様に立ち上がるところだった。
同時に刃で腕を切り裂かんとしたが、かすった程度の感触しか得られない。
すぐさま立ち上がり振り向くと、酒呑童子も同様に立ち上がるところだった。
再び相対する二人。
一方は顔をしかめており、もう一方は満面の笑みを浮かべている。
一方は顔をしかめており、もう一方は満面の笑みを浮かべている。
沖田は手元の愛刀・菊一文字を見た。
菊一文字の刀身には、所有者でなければ気づかない程度の小さなひびが入っていた。
菊一文字の刀身には、所有者でなければ気づかない程度の小さなひびが入っていた。
酒呑童子はにこにこしながら、自分の手を見た。
左手の爪が割れて、血が滲んでいた。
左手の爪が割れて、血が滲んでいた。
「爪が汚れてしもうたわ。どうしてくれるん?」
「真っ赤に塗り直すってのはどうです?」
「それはええ考えやね」
「どーも」
「真っ赤に塗り直すってのはどうです?」
「それはええ考えやね」
「どーも」
お互いに軽口をたたきながら、視線は相手から逸らさない。
沖田は考える。
彼我の距離は、沖田の剣なら一足飛びで貫ける。
爪が削れたのだから、特に皮膚が堅いということもない。
赤い血液が流れるのだから、殺せないということもない。
喉と心臓と鳩尾。急所を速く、正確に突けば終いなのだ。
もし殺せなければ、次の手を考えるまで。
彼我の距離は、沖田の剣なら一足飛びで貫ける。
爪が削れたのだから、特に皮膚が堅いということもない。
赤い血液が流れるのだから、殺せないということもない。
喉と心臓と鳩尾。急所を速く、正確に突けば終いなのだ。
もし殺せなければ、次の手を考えるまで。
酒呑童子は嗤う。
相手の剣は達人級。油断すれば首が飛ぶ。
先の先、速さではまず敵わない。ならば後の先、待ちの姿勢か。
神速の突きを躱すことさえできれば、あとは痩躯を砕くだけだ。
ああ、そんなことよりも。
久方ぶりの、この命のやり取りがたまらない。
相手の剣は達人級。油断すれば首が飛ぶ。
先の先、速さではまず敵わない。ならば後の先、待ちの姿勢か。
神速の突きを躱すことさえできれば、あとは痩躯を砕くだけだ。
ああ、そんなことよりも。
久方ぶりの、この命のやり取りがたまらない。
「!」
再び沖田が仕掛ける。
前後左右に移動しながら、牽制のように突きを繰り出していく。
当たれば即死の突きの連続を前に、酒呑童子は身じろぎひとつしない。
牽制と理解した上で、間合に入られた瞬間に返すつもりだ。
前後左右に移動しながら、牽制のように突きを繰り出していく。
当たれば即死の突きの連続を前に、酒呑童子は身じろぎひとつしない。
牽制と理解した上で、間合に入られた瞬間に返すつもりだ。
「しゃあっ!」
気合と同時に、沖田はこれまでより深く踏み込む。
酒呑童子の視界から、一瞬沖田の姿が掻き消える。
刀は右手。それゆえに、酒呑童子は反射的に、沖田の右半身側に避ける。
酒呑童子の視界から、一瞬沖田の姿が掻き消える。
刀は右手。それゆえに、酒呑童子は反射的に、沖田の右半身側に避ける。
「うぅんっ!」
結果的に、その選択は失敗であった。
酒呑童子の太ももには浅からぬ傷ができ、血が滲んでいる。
沖田の選択は、得意手の突きではなく、駆け抜けてすれ違いざまに脚を狙う一撃。
それなりに広い場所であるからこそ可能な技だ。
痛みを受けて座り込む酒呑童子。
酒呑童子の太ももには浅からぬ傷ができ、血が滲んでいる。
沖田の選択は、得意手の突きではなく、駆け抜けてすれ違いざまに脚を狙う一撃。
それなりに広い場所であるからこそ可能な技だ。
痛みを受けて座り込む酒呑童子。
(とった!)
振り向きざまに刀を中段に構え直し、酒呑童子の状態を見て、即座に斬りかかる。
上段から振り下ろされる刀は、鬼の少女の首を刎ね飛ばす――
上段から振り下ろされる刀は、鬼の少女の首を刎ね飛ばす――
「待ちなさい!」
――ことはなかった。
■
勝利の感触を得た沖田。反対に敗北を感じた酒呑童子。
しかし、ここで誰も予想していなかった闖入者が現れた。
沖田の刀と酒呑童子の間に割って入ったその男は、誰であろう上田だった。
しかし、ここで誰も予想していなかった闖入者が現れた。
沖田の刀と酒呑童子の間に割って入ったその男は、誰であろう上田だった。
「ここは互いに矛を収めて、ね?」
「上田さん、どういうつもりです」
「上田さん、どういうつもりです」
震えながら、沖田のことをなだめすかそうとする上田。
さて、極度の臆病者である上田が、こんなことができるだろうか。いや、普通はできない。
このとき、上田がこうした行動に至った要因は、三つある。
さて、極度の臆病者である上田が、こんなことができるだろうか。いや、普通はできない。
このとき、上田がこうした行動に至った要因は、三つある。
まず、「上田は殺し合いをテレビの企画だと勘違いしている」こと。
上田は、沖田や酒呑童子は、クオリティの高い芝居と殺陣をしていたと思い込んでいる。
そのため、間に入り込んでも命の危険はない、という誤解が生まれた。
上田は、沖田や酒呑童子は、クオリティの高い芝居と殺陣をしていたと思い込んでいる。
そのため、間に入り込んでも命の危険はない、という誤解が生まれた。
次に、「上田は自分が期待されていると勘違いしている」こと。
上田は殺し合いをテレビの企画と勘違いした上で、自分の役割を考えていた。
そして、沖田が酒呑童子と争い始めたのを見て、年長者としてこの争いを上手く治めるべきだという考えに至ってしまった。
上田は殺し合いをテレビの企画と勘違いした上で、自分の役割を考えていた。
そして、沖田が酒呑童子と争い始めたのを見て、年長者としてこの争いを上手く治めるべきだという考えに至ってしまった。
最後に、「上田は酒呑童子の酒気にあてられている」こと。
ほんの数分前、上田は酒呑童子の声色や吐息を、至近距離で感じていた。
そのため、思考を半分近く蕩かされて、つまりは、魅力に酔わされていた。
酔うと気が大きくなる人間は多い。この点については、上田ばかりを責められないだろう。
ほんの数分前、上田は酒呑童子の声色や吐息を、至近距離で感じていた。
そのため、思考を半分近く蕩かされて、つまりは、魅力に酔わされていた。
酔うと気が大きくなる人間は多い。この点については、上田ばかりを責められないだろう。
とにもかくにも、上田は酒呑童子を庇う形となった。
沖田の問には答えずに、上田は座り込んだ酒呑童子の前に屈んで、声をかけた。
沖田の問には答えずに、上田は座り込んだ酒呑童子の前に屈んで、声をかけた。
「酒呑童子さん。貴女は鬼だそうだが、人を殺すつもりはあるんですか?」
「どうやろなぁ。ウチは楽しみたいときに楽しむだけやさかい」
「どうやろなぁ。ウチは楽しみたいときに楽しむだけやさかい」
上田の質問に、酒呑童子は迂遠な答え方をした。
しかし、その返答を聞いた上田は、頷いて沖田の方に振り向いた。
しかし、その返答を聞いた上田は、頷いて沖田の方に振り向いた。
「聞いたか、沖田くん。
酒呑童子さんは、少なくとも殺人自体を楽しむ性質(たち)ではない」
「え?」
「は?」
酒呑童子さんは、少なくとも殺人自体を楽しむ性質(たち)ではない」
「え?」
「は?」
その瞬間、沖田はおろか酒呑童子さえも、疑問符を浮かべた。
二人の理解が追いつく前に、上田は言葉を重ねる。
二人の理解が追いつく前に、上田は言葉を重ねる。
「酒呑童子さんのことは、私に任せてくれたまえ」
「な……」
「ちょっと、それ平気なの?」
「な……」
「ちょっと、それ平気なの?」
絶句する沖田と、心配する二乃。
再び酒呑童子の方に向き直り、声をかける上田。
再び酒呑童子の方に向き直り、声をかける上田。
「傷は平気ですか?」
「うふふ、鬼を庇う人やなんて、珍しいなぁ」
「我々は協力してこの島から脱出するんです。貴女にもぜひ協力していただきたい」
「ふぅん……?」
「うふふ、鬼を庇う人やなんて、珍しいなぁ」
「我々は協力してこの島から脱出するんです。貴女にもぜひ協力していただきたい」
「ふぅん……?」
酒呑童子は上田に興味を抱いたようで、しげしげと上田を見ている。
その上田は、完全に勢いに任せて話していた。
その上田は、完全に勢いに任せて話していた。
「その力、正しいことに使えば、多くの人の役に立つはずです。
天才の頭脳と鬼の力が合わされば、まさしく鬼に金棒、鬼にマチェット、鬼にミサイル!」
天才の頭脳と鬼の力が合わされば、まさしく鬼に金棒、鬼にマチェット、鬼にミサイル!」
沈黙した酒呑童子に対して、上田はさらにまくしたてる。
二乃と沖田も反論せず、状況をただ見守っていた。
この選択が正しいのかどうかは、上田自身にすら分かっていない。
二乃と沖田も反論せず、状況をただ見守っていた。
この選択が正しいのかどうかは、上田自身にすら分かっていない。
「ええよ」
「……え?」
「……え?」
選択の答えは、酒呑童子の微笑みだった。
思わず問いかける上田に、もう一度、甘い声がかかる。
思わず問いかける上田に、もう一度、甘い声がかかる。
「ええよ、協力したっても」
「それはありがたい!さあ、ご唱和ください」
「それはありがたい!さあ、ご唱和ください」
遠巻きに上田たちを眺める二乃も。
愛刀の納めどころを失った沖田も。
交渉が成功し混乱している上田も。
相変わらず笑みを浮かべる酒呑も。
愛刀の納めどころを失った沖田も。
交渉が成功し混乱している上田も。
相変わらず笑みを浮かべる酒呑も。
「せーの!」
この場において、状況を正しく理解できていた者はいない。
ただひとつ、明らかなことがある。
ただひとつ、明らかなことがある。
「どーんとこーい!」
この場に居た誰もが、上田に毒気を抜かれていたということだ。
■
その後、上田が酒呑童子の脚を手当てすることになり、二人は民家に戻った。
沖田は鬼との協力に最後まで難色を示していたが、なし崩し的に上田に押し切られた。
なにより酒呑童子が上田に従う様子を見せていたことが、沖田の反論を消したのだ。
結果、二乃と沖田はPENTAGONに向かい動き出した。
沖田は鬼との協力に最後まで難色を示していたが、なし崩し的に上田に押し切られた。
なにより酒呑童子が上田に従う様子を見せていたことが、沖田の反論を消したのだ。
結果、二乃と沖田はPENTAGONに向かい動き出した。
「さて、そろそろ我々も行きましょう」
「せやね」
「せやね」
上田が促すと、酒呑童子はつまらなさそうに呟いた。
その理由は、自身の能力が削がれていることを感じたからである。
その理由は、自身の能力が削がれていることを感じたからである。
(まったくBBはんも、余計なことしてくれはるわぁ)
酒呑童子のスキル「果実の酒気」は珍しいスキルだ。
普段ならば、骨をも蕩かす声色や吐息で、たいていの人間は籠絡できる。
しかし、この場においてはその効果が弱まっているらしい。
そう判断したのは、上田が泥酔しきっていないからである。
沖田や先刻の喧嘩小僧のように、意気で以て抵抗してくる者はまだしも、上田のような平凡な人間に抵抗する力があるとは考えにくい。
普段ならば、骨をも蕩かす声色や吐息で、たいていの人間は籠絡できる。
しかし、この場においてはその効果が弱まっているらしい。
そう判断したのは、上田が泥酔しきっていないからである。
沖田や先刻の喧嘩小僧のように、意気で以て抵抗してくる者はまだしも、上田のような平凡な人間に抵抗する力があるとは考えにくい。
(つまり、ウチが弱体化させられてる……つまらんことしてくれるわ)
もちろん、スキルが上田に全く効いていないわけではない。
むしろ中途半端に効果が出ているからこそ、危険な戦闘に割り込んで、かつ鬼を庇うような奇行に走ったのだと酒呑童子は考えていた。
そもそも、効きが弱いこと自体は問題ない。
それよりも、自分という存在に制限がかけられている、という事実が不満なのだ。
むしろ中途半端に効果が出ているからこそ、危険な戦闘に割り込んで、かつ鬼を庇うような奇行に走ったのだと酒呑童子は考えていた。
そもそも、効きが弱いこと自体は問題ない。
それよりも、自分という存在に制限がかけられている、という事実が不満なのだ。
「さて、研究所に行くには……山越えは危険だな。
馬で山を迂回しながら進むことになりますが、平気ですか?」
「ヘーキどす」
(ま、とにかく少しは大人しくしときましょ。
上田はんのお陰様で、命拾いしたわけやし。それに……)
馬で山を迂回しながら進むことになりますが、平気ですか?」
「ヘーキどす」
(ま、とにかく少しは大人しくしときましょ。
上田はんのお陰様で、命拾いしたわけやし。それに……)
酒呑童子は上田に感謝こそすれ、全面的に従うつもりはない。
力関係を考えれば、鬼が人間に従うことなど、そうそうないのだから。
極論を言えば、恩を返さずに喰い殺しても構わない。
しかし、今はまだそうしないことに決めた。
その理由は単純明快。
力関係を考えれば、鬼が人間に従うことなど、そうそうないのだから。
極論を言えば、恩を返さずに喰い殺しても構わない。
しかし、今はまだそうしないことに決めた。
その理由は単純明快。
(上田はん、眼鏡を外したらええ感じやと思うし。
美味しいかどうか、見極めさせてもらうのもありやわ)
美味しいかどうか、見極めさせてもらうのもありやわ)
そう、酒呑童子はイケメンが好きなのである。
鬼らしく楽しむ、その生き方を忘れる酒呑童子ではない。
鬼らしく楽しむ、その生き方を忘れる酒呑童子ではない。
(それに、沖田はんも――また会えるとえぇなぁ)
家を出る酒呑童子の口元には、再び笑みが浮かんでいた。
【F-5 民家付近/黎明】
【酒呑童子@Fate/Grand Order】
[状態]:健康、左頬に打撲
[装備]:普段の服、白馬@TRICK
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:楽しめそうなら鬼は鬼らしく楽しむ
1:ひとまず上田と行動する。
2:小僧(村山)と会って強くなってたら再戦する
3:沖田総司とも再戦したい。
[備考]
※2018年の水着イベント以降、カルデア召喚済
※神鞭鬼毒酒が没収されているため、第一宝具が使用できません
※スキル「果実の酒気」は多少制限されています。
[状態]:健康、左頬に打撲
[装備]:普段の服、白馬@TRICK
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:楽しめそうなら鬼は鬼らしく楽しむ
1:ひとまず上田と行動する。
2:小僧(村山)と会って強くなってたら再戦する
3:沖田総司とも再戦したい。
[備考]
※2018年の水着イベント以降、カルデア召喚済
※神鞭鬼毒酒が没収されているため、第一宝具が使用できません
※スキル「果実の酒気」は多少制限されています。
【上田次郎@TRICK】
[状態]:健康、若干の酔い
[装備]:スーツ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:この島からの華麗なる脱出。
1:酒呑童子と行動する。
2:研究所に向かいたい。
[備考]
※参戦時期、未定。後続に任せます。
※殺し合いをテレビの企画だと考えています。
[状態]:健康、若干の酔い
[装備]:スーツ
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:この島からの華麗なる脱出。
1:酒呑童子と行動する。
2:研究所に向かいたい。
[備考]
※参戦時期、未定。後続に任せます。
※殺し合いをテレビの企画だと考えています。
【中野二乃@五等分の花嫁】
[状態]:健康
[装備]:制服にカーディガン
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしたくない。
1:大切な人たちに会いたい。
2:PENTAGONに向かう。
[備考]
※修学旅行中(少なくとも79話ラスト以降)からの参戦。
[状態]:健康
[装備]:制服にカーディガン
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品0~2
[思考・状況]
基本方針:殺し合いはしたくない。
1:大切な人たちに会いたい。
2:PENTAGONに向かう。
[備考]
※修学旅行中(少なくとも79話ラスト以降)からの参戦。
【沖田総司@衛府の七忍】
[状態]:健康
[装備]:着流し、菊一文字則宗@衛府の七忍
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:『びぃびぃ』と名乗る鬼を討った後、元和に戻って鬼退治。
1:己の『誠』を信じて突く。
2:二乃さんを護衛する。
3:酒呑童子については保留。
[備考]
※第三十五話以降からの参戦。
[状態]:健康
[装備]:着流し、菊一文字則宗@衛府の七忍
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3
[思考・状況]
基本方針:『びぃびぃ』と名乗る鬼を討った後、元和に戻って鬼退治。
1:己の『誠』を信じて突く。
2:二乃さんを護衛する。
3:酒呑童子については保留。
[備考]
※第三十五話以降からの参戦。
【白馬@TRICK】
酒呑童子に支給された。
劇場版3に登場した。人を乗せる訓練を受けている以外は普通の馬。
奈緒子や上田を乗せたことはないので、二人を覚えていることもないだろう。
酒呑童子に支給された。
劇場版3に登場した。人を乗せる訓練を受けている以外は普通の馬。
奈緒子や上田を乗せたことはないので、二人を覚えていることもないだろう。
前話 | お名前 | 次話 |
鬼が嗤う | 酒呑童子 | UNSTOPPABLE |
時代を貫いて響くもの | 上田次郎 | |
中野二乃 | 割れた星のTRIANGLE(前編) | |
沖田総司 |