割れた星のTRIANGLE(前編) ◆0zvBiGoI0k
【一】
私達五つ子は、全員見た目が一緒だ。
一花、二乃、四葉、五月、そして私、三玖。
体重も、体型もきっかり五等分。
ほんとは嘘。体重と胸囲はそれぞれ一人抜け駆けしてる。誰かは言わないでおく。
でもそれ以外はみんな同じ。髪型を揃えると家族以外には見分けがつかない。
ある日を境に、見た目や性格にそれぞれ個性が分かれてきたけれど。
度々入れ替わっても気づかれないくらいに、私達はそっくりだ。
一花、二乃、四葉、五月、そして私、三玖。
体重も、体型もきっかり五等分。
ほんとは嘘。体重と胸囲はそれぞれ一人抜け駆けしてる。誰かは言わないでおく。
でもそれ以外はみんな同じ。髪型を揃えると家族以外には見分けがつかない。
ある日を境に、見た目や性格にそれぞれ個性が分かれてきたけれど。
度々入れ替わっても気づかれないくらいに、私達はそっくりだ。
でもいま目の前で横たわる四葉は、私達とは似ても似つかない姿をしていた。
まるで人の形をしたプリンをスプーンでひと掬いしたみたいな、不出来な造形。
そんな出来の悪い、かつ趣味の悪い壊れたモノに、私は目を逸らすことができない。
そんな出来の悪い、かつ趣味の悪い壊れたモノに、私は目を逸らすことができない。
だって―――これは四葉だ。
見違えるような顔でも、どんなに変わり果てても、ずっと過ごしてきた家族を見間違えるはずがない。
五つ子の中で一番元気で、いつも自分以外に気を配って、そのせいで損ばかりしてきた子。
初めて覚えた恋の感情に、臆病になっていた背を優しく押してくれた人。
違うものとして見ることなんか、していいはずがない。
見違えるような顔でも、どんなに変わり果てても、ずっと過ごしてきた家族を見間違えるはずがない。
五つ子の中で一番元気で、いつも自分以外に気を配って、そのせいで損ばかりしてきた子。
初めて覚えた恋の感情に、臆病になっていた背を優しく押してくれた人。
違うものとして見ることなんか、していいはずがない。
ああ。でも、だからって。
これはあまりにも違い過ぎる。
あまりにも私達から、人の姿から外れ過ぎている。
これはあまりにも違い過ぎる。
あまりにも私達から、人の姿から外れ過ぎている。
光の失せた瞳は、姉妹の誰にも映ったことのない濁りに染まっている。
顎の下から胸はまるごと抉り取られて、腹の底まで見えている。
髪と眼以外の、人を判別するパーツの大半がどこかに消え失せてしまった。
顎の下から胸はまるごと抉り取られて、腹の底まで見えている。
髪と眼以外の、人を判別するパーツの大半がどこかに消え失せてしまった。
これじゃあ五つ子だなんて言っても誰にもわからない。同じ人と認識すらしてもらえない。
知らなかった。知りたくなかった。
自分の一部みたいに思えた大好きな姉妹が、尊厳なんてものを尽く奪われたカタチにされたら―――こんなにも■く見えるなんて。
知らなかった。知りたくなかった。
自分の一部みたいに思えた大好きな姉妹が、尊厳なんてものを尽く奪われたカタチにされたら―――こんなにも■く見えるなんて。
……それとも、とふと思う。
よく見ていなかっただけで、中野四葉という人物ははじめからああいう姿をしていたのか。
恐る恐る、自分の指を首の下へと触れる。
そこには、四葉にはない部位の、肉と骨の感触がした。
そのまま下に向けて這わす。柔い肉、深い隆起。
どれもあの四葉にはないものだ。
よく見ていなかっただけで、中野四葉という人物ははじめからああいう姿をしていたのか。
恐る恐る、自分の指を首の下へと触れる。
そこには、四葉にはない部位の、肉と骨の感触がした。
そのまま下に向けて這わす。柔い肉、深い隆起。
どれもあの四葉にはないものだ。
四葉と私は五つ子の姉妹で、見た目は他人に区別がつかないくらいそっくりで。
だから、四葉にないのなら、私にもあっちゃいけないものだ。
さっきまで当たり前に自分に張り付いていたものが、急に悍ましいものに感じる。引き剥がしたくて仕方がない。
けど摘んでも、引っ掻いても、不要な肉は完全に癒着して離れない。
まるで、それが生まれた頃からあった私の体だとでもいうように。
私は我慢ならず、四葉と同じになる為に、首に爪を立てて思い切り―――――――――
だから、四葉にないのなら、私にもあっちゃいけないものだ。
さっきまで当たり前に自分に張り付いていたものが、急に悍ましいものに感じる。引き剥がしたくて仕方がない。
けど摘んでも、引っ掻いても、不要な肉は完全に癒着して離れない。
まるで、それが生まれた頃からあった私の体だとでもいうように。
私は我慢ならず、四葉と同じになる為に、首に爪を立てて思い切り―――――――――
「三玖!!」
立香に呼び止められて、浮遊していた意識は地の着いた現実に引き戻された。
「……立、香?」
……鮮烈な痛みに目がくらむ。
立香が掴んでる、爪が真っ赤に染まった自分の手。
首から滴り落ちる水で濡れた、赤い染みが目に映る。
そこで漸く、自分の爪で自分の首を掻き毟っていたのに遅まきに理解した。
立香が掴んでる、爪が真っ赤に染まった自分の手。
首から滴り落ちる水で濡れた、赤い染みが目に映る。
そこで漸く、自分の爪で自分の首を掻き毟っていたのに遅まきに理解した。
「落ち着いて、三玖。とにかく傷を手当てするからこっちに……」
立香が何かを言っているけど、よく聞こえない。
考えがまとまらない。傷は熱を伴ったみたいで、痛みで思考が攪拌されてる。
ミクニも、猛田も、全てが等しくどうでもよく思える。
ただ今は、四葉に近づきたい。
霞がかった頭でふらふらと足を前に進めようとして、それを、手を掴んだままだった立香が引き留めた。
考えがまとまらない。傷は熱を伴ったみたいで、痛みで思考が攪拌されてる。
ミクニも、猛田も、全てが等しくどうでもよく思える。
ただ今は、四葉に近づきたい。
霞がかった頭でふらふらと足を前に進めようとして、それを、手を掴んだままだった立香が引き留めた。
「離して」
「三玖」
「お願いだから離して、立香」
「だめ、行かせられない」
「離して、よ……!」
「三玖」
「お願いだから離して、立香」
「だめ、行かせられない」
「離して、よ……!」
無理やり振り払おうと力を込めたが、拘束は解かれない。
大きさも重さも大差はないのに、抜けようと足掻いても立香の体はびくともしない。
それどころか空いた方の手で体を抑えられて身動きが取れなくなった。
大きさも重さも大差はないのに、抜けようと足掻いても立香の体はびくともしない。
それどころか空いた方の手で体を抑えられて身動きが取れなくなった。
「そこにいるの。だって。四葉。そこに。いるの、に―――」
唯一自由な手だけが虚しく宙を上下する。
言ってることはなにもかもめちゃくちゃで。進んで、そこでどうするかすら浮かばないのに。
意味もないまま前に進もうとあがき続ける。
言ってることはなにもかもめちゃくちゃで。進んで、そこでどうするかすら浮かばないのに。
意味もないまま前に進もうとあがき続ける。
「よつばぁ……!」
掴まり一向に前に行かない足が何度も地面を踏み鳴らす。
そんな微かな振動だけで、
そんな微かな振動だけで、
元々皮一枚で繋がっていた四葉の首がくず折れて、もう何の色も宿っていない眼球が、ぐるりと私の方を見た。
「―――――――――――――――――――――ぁ」
ぶつりと、支えていた糸が切れる。
体も、心も、そこで限界だった。
臨界を越えて溢れる波に意識が呑み込まれる。
自由放棄。崩折れて床に倒れる全身は、自分以外に受け止められた。
体も、心も、そこで限界だった。
臨界を越えて溢れる波に意識が呑み込まれる。
自由放棄。崩折れて床に倒れる全身は、自分以外に受け止められた。
「っ!ふたりとも、救急箱探してきて!なければ綺麗な布でもいいから!」
「ああ!」
「わ、わかった……!」
「ああ!」
「わ、わかった……!」
焦りながら指示する声。
ばたばたと慌ただしく駆ける足音。
めまぐるしく変わっていく光景を、まるで他人事みたいに虚ろな目が映している。
ばたばたと慌ただしく駆ける足音。
めまぐるしく変わっていく光景を、まるで他人事みたいに虚ろな目が映している。
「あったぞ、救急箱!」
「でかした!猛田!」
「ありがと!じゃあ手当ての間誰か外を見ていて―――」
「でかした!猛田!」
「ありがと!じゃあ手当ての間誰か外を見ていて―――」
やがて、とうとう視界も落ちる。
耳も聞こえなくなり、肌も触れたかわからない。
世界との繋がりが断線されていく。
……ドロドロに融けて半端に固まった、出来損ないのチョコレート。
意識が落ちる最後の瞬間まで、ずっと胸の奥にへばりついていたのは、そんな感情だった。
耳も聞こえなくなり、肌も触れたかわからない。
世界との繋がりが断線されていく。
……ドロドロに融けて半端に固まった、出来損ないのチョコレート。
意識が落ちる最後の瞬間まで、ずっと胸の奥にへばりついていたのは、そんな感情だった。
【ニ】
「城戸さん、立てますか?」
ボロボロの姿で膝をつく真司に、さらにボロボロの炭治郎は気絶した一花を抱えながら手を差し出した。
「君の方こそ傷だらけで大丈夫かい?俺は変身してたから平気だけど……」
「痛みますけど、動けます。鬼と戦えるよう鍛えてますから」
「痛みますけど、動けます。鬼と戦えるよう鍛えてますから」
額に血の跡を残しながら、きっぱりと炭治郎は言った。
ライダーという鎧があった真司と違って生身で戦った炭治郎を心配するが、二人の生身での頑健さでは大きく開きがある。
一回りほど年齢の差があるのに変身した真司達の戦いに入り込めていたのは、今でも信じられない気持ちだ。
ライダーという鎧があった真司と違って生身で戦った炭治郎を心配するが、二人の生身での頑健さでは大きく開きがある。
一回りほど年齢の差があるのに変身した真司達の戦いに入り込めていたのは、今でも信じられない気持ちだ。
「なら、その子は俺が抱えるよ」
「いえ、俺は刀が折れてしまったから戦えないので、城戸さんは周りへの警戒をお願いします。
いざという時の為に一花さんだけでも逃がせるようにしないと……」
「子供がそんな無理しなくていいよ。今だって辛いんだろ?」
「いえ、大丈夫です!」
「やせ我慢しないでってほら!」
「いえ!本当に!無理してませんので!」
「いえ、俺は刀が折れてしまったから戦えないので、城戸さんは周りへの警戒をお願いします。
いざという時の為に一花さんだけでも逃がせるようにしないと……」
「子供がそんな無理しなくていいよ。今だって辛いんだろ?」
「いえ、大丈夫です!」
「やせ我慢しないでってほら!」
「いえ!本当に!無理してませんので!」
お人好しと頑固が合わさった、俺が俺がの堂々巡り。
結局一花が不快そうにうなされているので真司が諦めて炭治郎に託すことにした。
結局一花が不快そうにうなされているので真司が諦めて炭治郎に託すことにした。
確かに炭治郎は疲れている。
体には戦いの熱がまだ残ってる。
息は荒く、呼吸は乱れてる。
斬られ、裂かれた全身の痛みは引いていない。出血が止まってない箇所もある。
体には戦いの熱がまだ残ってる。
息は荒く、呼吸は乱れてる。
斬られ、裂かれた全身の痛みは引いていない。出血が止まってない箇所もある。
それでも今、ここで立ち止まる訳にはいかなかった。
一花を安全な場所まで運び、手当てをしなければならない。
五月を殺し、これからも人を殺し続ける千翼を止めなければならない。
遠く、険しい道程に足が重くなる。挫けるわけにはいかない。
一花を安全な場所まで運び、手当てをしなければならない。
五月を殺し、これからも人を殺し続ける千翼を止めなければならない。
遠く、険しい道程に足が重くなる。挫けるわけにはいかない。
「――――――ッ」
ひゅう、と身を抜けた風に目をしかめる。
傷に触れたからじゃない。
風に乗って流れ匂いを、鼻が感じ取ってしまった。
この匂いを炭治郎は知っている。何度も感じ、慣れる事のない匂いは。
傷に触れたからじゃない。
風に乗って流れ匂いを、鼻が感じ取ってしまった。
この匂いを炭治郎は知っている。何度も感じ、慣れる事のない匂いは。
「蓮のやつ、ちゃんと逃げ切れたかな」
「蓮、さんは……」
「ん?」
「蓮、さんは……」
「ん?」
何気ない真司の言葉が炭治郎に突き刺さる。
伝えなくてはいけない。
教えなくてはいけない。
隠しいていも意味はないし、壊滅的に炭治郎は嘘が下手だ。
それになにより。蓮の友人である真司に嘘をつくことは出来ない。
伝えなくてはいけない。
教えなくてはいけない。
隠しいていも意味はないし、壊滅的に炭治郎は嘘が下手だ。
それになにより。蓮の友人である真司に嘘をつくことは出来ない。
「さっき……匂いがしました。蓮さんの匂い。致命的な量の、血の匂いが」
「…………そっか」
「…………そっか」
溢れる声は、静かで素っ気ない。
炭治郎は何も言わない。
感じているからだ。言葉に出ずとも、言葉にならない、悲しみの匂いを。
炭治郎は何も言わない。
感じているからだ。言葉に出ずとも、言葉にならない、悲しみの匂いを。
「俺に死ぬなって言ったくせに……。
俺だって、お前に生きろって言ったのにさ……」
俺だって、お前に生きろって言ったのにさ……」
顔を上げて空を睨む真司。
拳を固く握りしめる後ろ姿に、炭治郎の心は曇りに囚われた。
どうしようもない無力感に歯を軋らせる。
折れるな、挫けるなと自分を叱咤する。
拳を固く握りしめる後ろ姿に、炭治郎の心は曇りに囚われた。
どうしようもない無力感に歯を軋らせる。
折れるな、挫けるなと自分を叱咤する。
「おい!さっき空を飛んできたのってアンタ達か!」
そこに飛び込んできた、第三者の声。
三玖を立香に任せ、玄関前に立って外を見張っていたミクニだ。
空を一直線に横切る黒い影―――真司を抱えたダークウイングを追ってここまで追ってきたのだ。
無警戒に近づいてくる、加えて敵意の匂いのしないミクニに警戒を解き、炭治郎は受け答えた。
三玖を立香に任せ、玄関前に立って外を見張っていたミクニだ。
空を一直線に横切る黒い影―――真司を抱えたダークウイングを追ってここまで追ってきたのだ。
無警戒に近づいてくる、加えて敵意の匂いのしないミクニに警戒を解き、炭治郎は受け答えた。
「はい。飛んできたのは俺達です。正確には大きな蝙蝠に掴まれてですけど……あれ、そういやどこ行った?」
「そうか。ん?その子……え!?三玖さん!?」
「え?」
「そうか。ん?その子……え!?三玖さん!?」
「え?」
炭治郎が抱える一花を見て、ミクニは素っ頓狂な声を上げた。
それもそのはず。卒倒し立香が看ているはずの女の子と瓜二つの顔が、初対面の少年に抱えられていたのだから。
それもそのはず。卒倒し立香が看ているはずの女の子と瓜二つの顔が、初対面の少年に抱えられていたのだから。
「この匂い……一花さんの姉妹と会ってるんですね!」
炭治郎はミクニの傍から彼以外の、一花と似た匂いから直感的に解答にたどり着いた。
それも比較的濃い。今までずっと行動していた証だ。
匂いの元にある、ミクニが来た方に視線を向ける。
そこにいたのは少女―――ではなく。
眼鏡をかけた少年が、余裕を持った風に歩いてきた。
それも比較的濃い。今までずっと行動していた証だ。
匂いの元にある、ミクニが来た方に視線を向ける。
そこにいたのは少女―――ではなく。
眼鏡をかけた少年が、余裕を持った風に歩いてきた。
「やあ、初めまして。まずは落ち着いて話を聞いて欲しい。先に自己紹介していいかな。俺は猛田トシオという。
ああ安心して欲しい。俺は君達に危害を加えるつもりなんてないよ。もしそのつもりなら何も言わず後ろから不意打ちをした方が遥かに効率的だからね。
そして俺が君達を危険人物だと思わなかったのにも根拠がある。気絶した女の子なんて殺し合いではお荷物にしかならない。まして傷だらけの状態でも抱えて行動してるって事は、ある程度君達には信頼関係が成立してると判断したんだ」
ああ安心して欲しい。俺は君達に危害を加えるつもりなんてないよ。もしそのつもりなら何も言わず後ろから不意打ちをした方が遥かに効率的だからね。
そして俺が君達を危険人物だと思わなかったのにも根拠がある。気絶した女の子なんて殺し合いではお荷物にしかならない。まして傷だらけの状態でも抱えて行動してるって事は、ある程度君達には信頼関係が成立してると判断したんだ」
(うわあ。凄いなこの人、嘘を言う匂いにまみれてる。初対面で申し訳ないけど)
炭治郎でなくても胡散臭く感じる事請け合いの印象だ。
余裕を見せているのも虚勢で、ここまで見え透いていると逆に安心さえもする。
危害を加える意思は感じないし、いま来た少年と一緒に来たなら大丈夫だろう。
炭治郎はひとりそう納得した。
余裕を見せているのも虚勢で、ここまで見え透いていると逆に安心さえもする。
危害を加える意思は感じないし、いま来た少年と一緒に来たなら大丈夫だろう。
炭治郎はひとりそう納得した。
「俺は竈門炭治郎です」
「おう、俺は若殿ミクニだ」
「俺は城戸真司。よろしく、ミクニくん」
「おう、俺は若殿ミクニだ」
「俺は城戸真司。よろしく、ミクニくん」
ベラベラとまくし立てる猛田を尻目に、残り三人は早々に名乗り合って友好を結んでいた。
全員が言葉の駆け引きより真っ直ぐな付き合いをする性格なのが幸いしたといえるだろう。
ひとり場違いに取り残される格好になった猛田だが、友好的なら越したことはないと切り替える事にした。
ミクニがひとり突っ走って、自分の所業を知る女二人の場所に留まってるのが居心地が悪かったわけでは、ない。
全員が言葉の駆け引きより真っ直ぐな付き合いをする性格なのが幸いしたといえるだろう。
ひとり場違いに取り残される格好になった猛田だが、友好的なら越したことはないと切り替える事にした。
ミクニがひとり突っ走って、自分の所業を知る女二人の場所に留まってるのが居心地が悪かったわけでは、ない。
「三玖って、一花ちゃんの妹が君達と一緒にいるの?」
「ああ、三玖さんは今あっちの―――」
「馬鹿がミクニ!あそこには……!」
「ああ、三玖さんは今あっちの―――」
「馬鹿がミクニ!あそこには……!」
猛田の叱責にミクニも意味を察し、バツの悪い顔で止まってしまう。
しかし最早それは悪運を招き寄せる逆効果にしかならない。
しかし最早それは悪運を招き寄せる逆効果にしかならない。
「三玖ちゃんに……なにか、あったのか?」
五月を守れずに失ったばかりの真司にとって、それは禁忌の問いかけだった。
いま一花が気絶していたのは、ある意味幸運なのか。それとも。
いま一花が気絶していたのは、ある意味幸運なのか。それとも。
「……確かに三玖さんは俺達が保護してます。話も聞きたいし、戻って合流すべきだと思う」
ここまで来たからには引き返せない。
観念したミクニは包み隠さず話す決意を固めた。
観念したミクニは包み隠さず話す決意を固めた。
「けど……脅すわけじゃないが、覚悟はしておいたほうがいいです。
特に、一花さんには」
特に、一花さんには」
待ち受ける未来を想像して、苦悩に顔を歪ませながら伝えた。
【三】
見覚えのない天井が、瞼を開けた目に入った。
「あ、起きた三玖?」
隣からは椅子に座って様子を見ている立香。
上半身を起こして、周りを見渡す。
記憶にない家具と模様。
どうやら、私はベッドで眠っていたらしい。
上半身を起こして、周りを見渡す。
記憶にない家具と模様。
どうやら、私はベッドで眠っていたらしい。
「あれ……私……」
頭がうまく働かない。
脈絡の無さについていけない。
もしかしたら今まで質の悪い夢でも見ていたのかと想像するけど、そうすると立香がいるのも、私がここにいるのも説明がつかない。
だから、これは単にあれから気絶しただけだと容易に理解して―――
脈絡の無さについていけない。
もしかしたら今まで質の悪い夢でも見ていたのかと想像するけど、そうすると立香がいるのも、私がここにいるのも説明がつかない。
だから、これは単にあれから気絶しただけだと容易に理解して―――
「――――――っ」
どこからかの視線に、身を震わす。
寒気。怖気。
思い出したくもないのに、刻まれた光景は傷になって脳裏から離れてくれない。
そしてずっと見ている。
今も生きてる私を逃さないと、死んだ目で恨めしそうに睨めつけてるのだ……。
寒気。怖気。
思い出したくもないのに、刻まれた光景は傷になって脳裏から離れてくれない。
そしてずっと見ている。
今も生きてる私を逃さないと、死んだ目で恨めしそうに睨めつけてるのだ……。
「辛いなら、まだ寝ててもいいよ」
「……平気。むしろもう寝れない」
「……平気。むしろもう寝れない」
体は怠さは抜けずに休息を求めてるが、寝ていたくないのは本当だった。
今眠ってしまえば、夢の中でも追い詰められそうな気がしたから。
今眠ってしまえば、夢の中でも追い詰められそうな気がしたから。
「私、どれくらい寝てた?」
「そんなに長くないよ。もう少しで夜明けってぐらいかな」
「そんなに長くないよ。もう少しで夜明けってぐらいかな」
カーテンで遮られてる窓からは、僅かに電気の落ちた部屋よりも明るさが漏れている。
あと数時間もあれば日も昇り、外の光も強くなるのだろう。
あと数時間もあれば日も昇り、外の光も強くなるのだろう。
不意に、放送、という単語が頭によぎる。
あと数時間。それぐらいの時に流れると彼女は言っていた。
色々な情報の他に、死した人の名も挙げられると。
あと数時間。それぐらいの時に流れると彼女は言っていた。
色々な情報の他に、死した人の名も挙げられると。
「……ごめんなさい」
「え?」
「え?」
漏れた謝罪は、何に対してのものなのか。
誰に向けてのものだったのか。
誰に向けてのものだったのか。
「三玖が謝ることじゃないよ。あなたは何も―――」
「何もしてない」
「何もしてない」
立香より先に、立香が言おうとした意味とは別の意味で口にした。
「私が何もしてないから、四葉が死んじゃった。
何もできなかった。何も、してあげられなかった」
何もできなかった。何も、してあげられなかった」
投げやりだが、本当には違いない。
こんな空間に連れてこられて、今まで何をしてきただろうか。
手を伸ばされて、気を配られて、歩いていただけだ。それだけでも疲れる始末。
私が何もしてない間に、四葉は死んでいた。
想像もつかない残酷なやり口で、あんまりにも酷すぎるカタチにされて。
こんな空間に連れてこられて、今まで何をしてきただろうか。
手を伸ばされて、気を配られて、歩いていただけだ。それだけでも疲れる始末。
私が何もしてない間に、四葉は死んでいた。
想像もつかない残酷なやり口で、あんまりにも酷すぎるカタチにされて。
始めから助ける力なんて持ってないし、探す当てなんかも見つけられない。
役に立つというなら姉妹で一番動けて、誰かの手助けをしてる四葉の方がずっとで、なのにひとりぼっちで幕を閉じていた。
役に立つというなら姉妹で一番動けて、誰かの手助けをしてる四葉の方がずっとで、なのにひとりぼっちで幕を閉じていた。
どうして。
私は守られて、四葉は守られなかった。
何故差が生まれたのか。そこにどんな違いがあるのか。
あの子に死ななくてはならない理由があったというのか。
そんな理不尽が許せなくて、この感情をぶつけるべき相手もいない。
矛先を失った拳は自分自身に向かい、ひたすら虐める他なかった。
私は守られて、四葉は守られなかった。
何故差が生まれたのか。そこにどんな違いがあるのか。
あの子に死ななくてはならない理由があったというのか。
そんな理不尽が許せなくて、この感情をぶつけるべき相手もいない。
矛先を失った拳は自分自身に向かい、ひたすら虐める他なかった。
「違うよ」
深く沈み込む心を、短い一言が掬い上げる。
「それは違う。あの子が、四葉が死んだのが三玖の責任だなんて絶対にない。
私は四葉の事は殆ど知らないけど、それだけは言い切れる」
「そんなの……」
私は四葉の事は殆ど知らないけど、それだけは言い切れる」
「そんなの……」
強いあなたにはわからない―――
最低な言葉を吐こうとしたのを、すんでのところで飲み込んだ。
自己嫌悪で埋まりたくなる。自分を守ってくれてる人に対して何様のつもりなのか。
自己嫌悪で埋まりたくなる。自分を守ってくれてる人に対して何様のつもりなのか。
けど実際言葉にしてみても、立香は優しく受け止めてくれるんだろう。
彼女は優しくて、私のような人にも嫌な顔ひとつせず真摯に向き合ってくれる。
とても嬉しいのに。救われてるのに。感謝してるのに。
向けられた優しさの分だけ、自分への嫌悪が積もっていくんだ。
彼女は優しくて、私のような人にも嫌な顔ひとつせず真摯に向き合ってくれる。
とても嬉しいのに。救われてるのに。感謝してるのに。
向けられた優しさの分だけ、自分への嫌悪が積もっていくんだ。
「―――うん、でもちょっとだけ三玖がダメなところもあるかな」
だから、立香からそんな指摘をされたのは本当に意外だった。
「何……が?」
「自分が四葉に何もしてあげられないってとこ」
「自分が四葉に何もしてあげられないってとこ」
何を?
わからなかった。
どういう意味なのかわからなかった。
わからなかった。
どういう意味なのかわからなかった。
死んでしまった人に、もういない四葉に、私がなにをしてあげられるのか。
四葉に対して、私は何を残しているのか。
四葉に対して、私は何を残しているのか。
「だって三玖――――――泣いてないよ」
「――――――――――――」
答え合わせの言葉に、その時私は言葉を失った。
意外でもなんでもない当たり前を突きつけられたのに、体の芯が痺れるような衝撃が走っていた。
意外でもなんでもない当たり前を突きつけられたのに、体の芯が痺れるような衝撃が走っていた。
「いなくなってしまった人を思うのは、生きてる人にしかできないんだよ」
立香の目は、もう届かない、あり得ないほど遠い場所を見つめているようだった。
そのまま見ている場所に飛んで消えてしまいそうな、儚くて、弱々しい笑顔。
そのまま見ている場所に飛んで消えてしまいそうな、儚くて、弱々しい笑顔。
それだけで分かってしまった。
強い人。どんな困難にも立ち上がり、前を向く人。
折れることなんて知らない印象ばかりだった立香が、そうなってしまうまでに見てきた、取り戻しのつかない離別を。
強い人。どんな困難にも立ち上がり、前を向く人。
折れることなんて知らない印象ばかりだった立香が、そうなってしまうまでに見てきた、取り戻しのつかない離別を。
「死んだ人の気持ちなんか普通はわからないし。
勝手に私がそう思ってるだけかもしれなくても。
痛いからって、その人との記憶を忘れてしまうのは悲しい事だって、私はもう知ってるから」
「悲しい――――――記憶――――――――?」
勝手に私がそう思ってるだけかもしれなくても。
痛いからって、その人との記憶を忘れてしまうのは悲しい事だって、私はもう知ってるから」
「悲しい――――――記憶――――――――?」
大切な人との別れ。
昨日までいた人が、もう世界のどこにもいなくなる。
その悲しみは、知っている。
平凡な人生で誰もが一度は出遭うそれを、私達姉妹は少しだけ早く経験した。
悲しみは癒えたけれど、何もかも忘れたわけじゃない。
昨日までいた人が、もう世界のどこにもいなくなる。
その悲しみは、知っている。
平凡な人生で誰もが一度は出遭うそれを、私達姉妹は少しだけ早く経験した。
悲しみは癒えたけれど、何もかも忘れたわけじゃない。
仄暗い脳裏に潜む闇を幻視する。
私の知る四葉は、私を恨んでるだろうか?
生きてる人を羨んで、呪いを残していくだろうか?
私の知る四葉は、私を恨んでるだろうか?
生きてる人を羨んで、呪いを残していくだろうか?
そんなわけがない。
それだけは必死に否定する。
ずっと一緒に育ってきた姉妹だ。考えなくたってわかる。
皆が皆、大好きに決まってる。
そう思ってるし、思われてた。
自惚れでなく、確信できる繋がりがあった。
それだけは必死に否定する。
ずっと一緒に育ってきた姉妹だ。考えなくたってわかる。
皆が皆、大好きに決まってる。
そう思ってるし、思われてた。
自惚れでなく、確信できる繋がりがあった。
「私は――――――そっか、私は…………」
四葉の死を思う。
胸を掻き毟る痛みは、あの時と同じだ。
家族を失った痛み。
大好きな人と永遠に会えなくなる悲しみ。
その感情を、私は、皆は、どうやって溢れさせていただろうか。
胸を掻き毟る痛みは、あの時と同じだ。
家族を失った痛み。
大好きな人と永遠に会えなくなる悲しみ。
その感情を、私は、皆は、どうやって溢れさせていただろうか。
「……さっきミクニ君達が戻ってきてね、一花を見つけたんだって」
こちらが少し落ち着いたのを見計らって、立香はそう切り出してきた。
「一花が……?」
「ちょっと怪我してて、今は別の部屋で休んでる。
治療はしたしすぐに起きると思う」
「ちょっと怪我してて、今は別の部屋で休んでる。
治療はしたしすぐに起きると思う」
探し求めていた家族との再会。
本当なら喜ぶべきだけど―――ここで会う意味がわからないほど馬鹿じゃない。
本当なら喜ぶべきだけど―――ここで会う意味がわからないほど馬鹿じゃない。
一花とは、あれ以来ギクシャクした関係のままだ。
同じ男の人を好きになった同士での、公平な競い合い。
修学旅行での恋愛戦は、すれ違いの連続で姉妹の絆が引き裂かれる事態にまで発展してしまった。
なにを言うのにも気まずくて、顔も合わせるのも忌避していたかもしれない。……さっきまでなら。
同じ男の人を好きになった同士での、公平な競い合い。
修学旅行での恋愛戦は、すれ違いの連続で姉妹の絆が引き裂かれる事態にまで発展してしまった。
なにを言うのにも気まずくて、顔も合わせるのも忌避していたかもしれない。……さっきまでなら。
「隠せるものじゃないから、四葉の事は話すつもり。
キツいと思うけど私の方からなんとか―――」
「立香、お願いがあるの」
キツいと思うけど私の方からなんとか―――」
「立香、お願いがあるの」
半身をベッドから起こす。
頭は正直ふわふわで、心の中はごちゃごちゃになっている。
そんなだから逆に、いつものウジウジした気分は霞んで、やりたいことだけがやけにハッキリ頭に残っていた。
頭は正直ふわふわで、心の中はごちゃごちゃになっている。
そんなだから逆に、いつものウジウジした気分は霞んで、やりたいことだけがやけにハッキリ頭に残っていた。
「少し、他の人を家から出して」
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