それは遠雷のように ◆3nT5BAosPA
「無理無理無理ですよ。もうこれ以上は無理」
吾妻善逸がそう言ったのは、蝶屋敷で全集中・常中の特訓をしている最中のことだったと、胡蝶しのぶは記憶している。
顔中に汗を浮かべ、衣服が擦り切れている彼は、死人と区別がつかないくらい生気が失われた目をしていた。
顔中に汗を浮かべ、衣服が擦り切れている彼は、死人と区別がつかないくらい生気が失われた目をしていた。
「俺は昔からダメな奴なんですよ。努力が苦手で、頑張ることなんて絶対できない。そんな俺に、こんな特訓は不可能なんですよ」
始めたての頃は「しのぶさんの応援があれば、常中なんてすぐに覚えてみせますよ! ハイ!」と、随分なやる気を見せていたが、どうやら特訓の疲労でそれが摩耗してしまったらしい。『努力が苦手』という本人の言葉通り、諦めの早い性格である。彼の育手は相当苦労しただろう。
そのまま放っておけば額が地面に接するんじゃないかと思ってしまうほどに頭を項垂れている善逸に対し、しのぶは朗らかな笑顔で、
そのまま放っておけば額が地面に接するんじゃないかと思ってしまうほどに頭を項垂れている善逸に対し、しのぶは朗らかな笑顔で、
「そんなことはありません。善逸君、君ならきっとやれます。そう信じていますよ」
と言った。
それだけである。
たったそれだけで、善逸の顔は火のついたように赤くなり、体温は著しく上昇した。どれだけ激しい呼吸をしてもこうはならないくらいに、凄まじい体調の変化である。
それだけである。
たったそれだけで、善逸の顔は火のついたように赤くなり、体温は著しく上昇した。どれだけ激しい呼吸をしてもこうはならないくらいに、凄まじい体調の変化である。
「ハッ、ハハハハッハハハハイ!!」
極度の興奮で笑い声と区別がつかない返事をする善逸。彼が見せた急激な変化に、近くで特訓をしていた炭治郎と伊之助は呆然としていた。
「オオオオオオッ! 俺ならやれるっ! 誰よりも応援され、信じられている俺なら!」
そう叫びながら、善逸は特訓に戻って行った。伊之助に勝るとも劣らない猪突猛進ぶりである。特訓で失われたやる気の再充填は完了したらしい。あれだけの活力があれば、しばらくは頑張れるだろう。
しのぶの期待通り善逸たちが全集中・常中を会得したのは、それから七日後のことだった。
しのぶの期待通り善逸たちが全集中・常中を会得したのは、それから七日後のことだった。
■
そんなことを思い出したのは、共に戦う鬼殺隊の仲間を求めて探し回っている現状の所為だろうか。それとも、しのぶが跨っている、人どころか馬さえ凌駕するほどの速度で大地を駆けている鉄の塊の姿から、善逸が扱う俊足の剣法を連想したからか。
「鉄の塊じゃねえ、バイクだ」
「ばいく……? ああ、さっきもそう言っていましたね。聞いたことがない言葉なので、そう呼ぶのを忘れていました」
「バイクを聞いたことがない? 江戸時代の人間か、てめえは」
「いえ、今は大正時代ですが」
「……?」
「ばいく……? ああ、さっきもそう言っていましたね。聞いたことがない言葉なので、そう呼ぶのを忘れていました」
「バイクを聞いたことがない? 江戸時代の人間か、てめえは」
「いえ、今は大正時代ですが」
「……?」
なんて、イマイチかみ合わない会話をする広斗としのぶの二人を乗せて、バイクは夜道を走って行く。
前方をライトで照らし、轟音を鳴らしながら車輪を回すバイクは、しのぶが知る柱のひとり、音柱・宇髄天元が見れば喜びそうなほどに派手な乗り物だ。こんなものが静かな宵闇を突っ切れば、近くにいる者は間違いなくその存在に気づくだろう。鬼殺隊の仲間を探索中のしのぶにとって、それは歓迎すべきことであるのだが、一方で鬼のような好ましくない存在までも引き寄せてしまうのではないかという懸念もある。鬼を討つ使命を背負っているしのぶにとって、鬼との遭遇は必須の事態であるのだが、己の日輪刀も無ければ仲間の剣士もいない現状では心もとないというのはれっきとした事実であった。
しのぶは、自分に支給された日輪刀の本来の持ち主である冨岡義勇に思いを馳せた。彼は柱なだけあって確かな実力を備えているが、彼の刀はしのぶの手元に渡ってしまっている。しかし、そんなことは彼の人付き合いが致命的に不得手な性格に比べれば些細な問題だろう。
前方をライトで照らし、轟音を鳴らしながら車輪を回すバイクは、しのぶが知る柱のひとり、音柱・宇髄天元が見れば喜びそうなほどに派手な乗り物だ。こんなものが静かな宵闇を突っ切れば、近くにいる者は間違いなくその存在に気づくだろう。鬼殺隊の仲間を探索中のしのぶにとって、それは歓迎すべきことであるのだが、一方で鬼のような好ましくない存在までも引き寄せてしまうのではないかという懸念もある。鬼を討つ使命を背負っているしのぶにとって、鬼との遭遇は必須の事態であるのだが、己の日輪刀も無ければ仲間の剣士もいない現状では心もとないというのはれっきとした事実であった。
しのぶは、自分に支給された日輪刀の本来の持ち主である冨岡義勇に思いを馳せた。彼は柱なだけあって確かな実力を備えているが、彼の刀はしのぶの手元に渡ってしまっている。しかし、そんなことは彼の人付き合いが致命的に不得手な性格に比べれば些細な問題だろう。
──あの人は今、どこで何をしているんでしょうかねえ。いつも通り誰かから誤解を受けていなければいいのですが。
同胞の心配をするしのぶ。
一方その頃、彼女から遠く離れた何処かの木陰で少女を見守っている最中の冨岡は、小さなくしゃみをし、己の両腕を抱きかかえるようにして体を温めていた。
一方その頃、彼女から遠く離れた何処かの木陰で少女を見守っている最中の冨岡は、小さなくしゃみをし、己の両腕を抱きかかえるようにして体を温めていた。
「そういえば、先ほども言ったように、この殺し合いには私の知り合いが何人かいるんですけど、貴方のお知り合いは居るんですか?」 しのぶは自分の知り合いのことから連想した疑問を口にした。
「……地元の知り合いが何人か。それと、俺の兄貴がいる」
「……地元の知り合いが何人か。それと、俺の兄貴がいる」
兄貴──身内が殺し合いにいるという広斗の言葉。それは、しのぶにとってみれば、姉と共に殺し合いに放り込まれているようなものである。そう考えてみると、この殺し合いを開催したBBに対する怒りがますます燃え上がらんというものであった。
しのぶの中で、この殺し合いを止めてみせるという思いがより一層強固なものになる──その時だった、遥か遠くから、何かが爆発したかのような大きな音が鳴り響いたのは。
しのぶの中で、この殺し合いを止めてみせるという思いがより一層強固なものになる──その時だった、遥か遠くから、何かが爆発したかのような大きな音が鳴り響いたのは。
「!?」
「!?」
「!?」
雷鳴のような轟音がした方向に視線を向ける二人。その先には、夜空を背景に明るい爆炎を噴き出しながら、もうもうと煙を上げている廃工場があった。どうやら、しのぶの決意とは裏腹に、バトルロワイアルは着々と進んでいるらしい。
「向かうぞ」
「ええ、お願いします」
「ええ、お願いします」
ふたりの短い会話を経て、バイクは進行方向を廃工場の方へと修正する。いったい何が原因で爆発が起きたのか、そしてそこに誰がいるのかを確認するために、廃工場へと向かうのだ。
その先にあるだろう血生臭い気配に、しのぶが腰に提げた義勇の日輪刀に向ける意識はより強くなるのであった。
その先にあるだろう血生臭い気配に、しのぶが腰に提げた義勇の日輪刀に向ける意識はより強くなるのであった。
■
廃工場を素材に作られた瓦礫の山のそばでバイクを停めたしのぶたちを迎えたのは、血の匂いだった。嗅覚に優れている竈門炭治郎でなくとも気が付くほどに、濃い血の匂いである。
それはつまり、この場で大量の血が流れたということの証左であった。
それはつまり、この場で大量の血が流れたということの証左であった。
──こんなに濃い匂いがするほどに血を流したということはおそらく、その人はもう……。
そう考えながら、しのぶは瓦礫を崩さないよう慎重に工場跡へ這入り、匂いの発生源を探す。
程なくしてそれは──『彼』は見つかった。
血の匂いを漂わせていたのは、見覚えのある金髪の少年だった。
程なくしてそれは──『彼』は見つかった。
血の匂いを漂わせていたのは、見覚えのある金髪の少年だった。
「善逸、君……」
医学の心得があるしのぶが一目で致死量だと分かる量の血で出来た水たまり。
そこに沈んでいる人物の名を、彼女の口は紡いだ。
後ろから遅れてやってきた広斗も、惨憺たる光景を目にして息を呑む。しのぶが見せた反応から、広斗は彼女と金髪の少年の関係を察した。
しのぶが知る善逸は諦めがちで弱虫ですぐ泣く少年だった。しかし、決して弱くはなかった。これまで何度も鬼を退治し、十二鬼月との戦いすら生き延びてきたのだ。
そんな彼が、まさかこんなところで死ぬとは……目の前の光景を否定したくなるが、鼻を刺激する鉄の匂いと網膜に焼き付いた映像が、そんな現実逃避を許さない。
しのぶは善逸の死体の近くでしゃがみこんだ。
彼の胴体にある傷は、爆発が原因で出来たものではなかった。人を超えた鬼のような力で殴らない限り、こんな傷にはならないだろう。つまり、爆発とは別にこの場を襲った何者かが居たわけだ。
善逸の手元に日輪刀は無く、代わりに棍棒のようなものが傍に転がっていた。おそらく、しのぶと同じように日輪刀を奪われ、代わりに棍棒のようなものを支給された彼は、敵を相手に、これを握って戦っていたのだろう。
殺し合いの場において慣れた得物が手元になく、目の前に超常の存在がいようとも、善逸は逃げずに戦ったのだ。
剣がなくとも、剣士として──戦ったのだ。
そこに沈んでいる人物の名を、彼女の口は紡いだ。
後ろから遅れてやってきた広斗も、惨憺たる光景を目にして息を呑む。しのぶが見せた反応から、広斗は彼女と金髪の少年の関係を察した。
しのぶが知る善逸は諦めがちで弱虫ですぐ泣く少年だった。しかし、決して弱くはなかった。これまで何度も鬼を退治し、十二鬼月との戦いすら生き延びてきたのだ。
そんな彼が、まさかこんなところで死ぬとは……目の前の光景を否定したくなるが、鼻を刺激する鉄の匂いと網膜に焼き付いた映像が、そんな現実逃避を許さない。
しのぶは善逸の死体の近くでしゃがみこんだ。
彼の胴体にある傷は、爆発が原因で出来たものではなかった。人を超えた鬼のような力で殴らない限り、こんな傷にはならないだろう。つまり、爆発とは別にこの場を襲った何者かが居たわけだ。
善逸の手元に日輪刀は無く、代わりに棍棒のようなものが傍に転がっていた。おそらく、しのぶと同じように日輪刀を奪われ、代わりに棍棒のようなものを支給された彼は、敵を相手に、これを握って戦っていたのだろう。
殺し合いの場において慣れた得物が手元になく、目の前に超常の存在がいようとも、善逸は逃げずに戦ったのだ。
剣がなくとも、剣士として──戦ったのだ。
「……頑張ったんですね、善逸君」
ポツリと労いと弔いの言葉を口にする。
しかし、善逸はもう赤面しないし、返事をすることも無い。
どうしようもなく終わり切ってしまった命を見て、しのぶは自分の中に新たな怒りが蓄積されたのを感じながら、唇を噛み、肩を震わせた。
しかし、善逸はもう赤面しないし、返事をすることも無い。
どうしようもなく終わり切ってしまった命を見て、しのぶは自分の中に新たな怒りが蓄積されたのを感じながら、唇を噛み、肩を震わせた。
【D-6/一日目・黎明】
【雨宮広斗@HiGH&LOW】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、シャドウスラッシャー400
[思考・状況]
基本方針:???
1:???
[備考]
※少なくともREDRAIN後からの参戦です。
【雨宮広斗@HiGH&LOW】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~3、シャドウスラッシャー400
[思考・状況]
基本方針:???
1:???
[備考]
※少なくともREDRAIN後からの参戦です。
【胡蝶しのぶ@鬼滅の刃】
[状態]:健康。精神的ショック。
[装備]:冨岡義勇の日輪刀
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本方針:鬼殺隊の同僚と合流する。
1: 自分の日輪刀を探す
[備考]
※9巻以降からの参戦
[状態]:健康。精神的ショック。
[装備]:冨岡義勇の日輪刀
[道具]:基本支給品一式、ランダム支給品1~2
[思考・状況]
基本方針:鬼殺隊の同僚と合流する。
1: 自分の日輪刀を探す
[備考]
※9巻以降からの参戦
前話 | お名前 | 次話 |
わずかな未練だけが不意に来る | 雨宮広斗 | 姉は祈り、弟は乗る |
胡蝶しのぶ |