ラリッサの日誌「マッシャーの生態」

マッシャーの生態
善良月の第5日、CY593年
私と原住民との相互交流は1つの果実を結び始めてきているようで、彼らはファーショアとの交易を行ない始め、島の珊瑚礁の周囲に生息する貝が産する真珠を熱心に交換しようとする。巨大な真珠の噂に従い、我々は最東端の半島の村ブロワオで2艘のカヌーと引き換えに猟師を道案内に雇い、ファーショアの探検隊を、巨大貝が生息しているとされる珊瑚礁まで案内してもらった。その巨大な軟体動物についての報告を調査し、また島の水棲生物相を学ぶため、私はこの探検隊に同行した。
我々は島の北東海岸沖の珊瑚礁で碇を下ろした。ガイドによれば、ここの珊瑚を食べている、縄張り意識の強い巨大なウナギが生息しているとのことだ―それが持つ性質のために、“マッシャー”(すり潰すもの)という名前を与えられている。猟師たちの助けによって、我々はやつらの本拠地から真珠を盗み出す戦術を発案した。
アウトリガー(訳注;張り出し浮き材のあるカヌー)で珊瑚礁へ近づき、珊瑚礁越しに浅瀬―深さ2フィート未満の場所―へと入り込んでから上陸することにした。珊瑚礁の上を歩くのは困難なことが判明した―もし十分に注意深くなければ、すぐに足首を痛めることになるだろう。我々の任務は、長い棒で珊瑚礁の塊を取り除くことで、マッシャーの注意を引き、その過剰な食欲を刺激して気を散らし、我々の潜水士が真珠貝を集めるのに必要な時間を稼ぐことだ。
最初の珊瑚の塊を砕いてものの数分でマッシャーが反応した。何組かのウナギの素晴らしい黒い背骨が水を割って見え、近づいてくるその動きは蛇のようであった。何匹かは体長30フィート以上あり、このぼんやりした水に隠れ潜む水棲爬虫類たち(訳注:水棲の恐竜たち)と互角以上に渡り合えるだろう。その巨大ウナギが速度を上げるにつれ、彼らの意図に気付き、私は仲間たちに逃げるように叫んだ。マッシャーたちの頭骨は分厚く発達した骨を持っており、容赦なく珊瑚礁に体当たりを行い始め、ギーギーと軋む衝撃波を送り込み、足元から打ち崩そうとしてきた。我々が立っている珊瑚礁に大きな亀裂が開き、唐突に我々の足元の固い表面は失われ、下に広がる水中の迷路に沈み込み、立ち泳ぎを余儀なくされた我々は、今やマッシャーたちが自在に泳ぎ回る深みに取り残された。カヌーまで泳ごうとした我々の仲間の2人は今はもういない。彼らがそこに辿りついたのは間もなくのことで、その次の瞬間には彼らは突然消えたのだ。激しく荒れ狂う血の泡の曇りが広がった他は何の痕跡も残さず。
珊瑚礁の上へと登って苦境から脱するとき、私は原住民の1人がだらりと腕を下げており、それがすぐに真っ黒に変色していくことに気付いた―彼はマッシャーの背中にある毒性の棘によってかすり傷を負っていたのだ。重要な呪文を準備していなかった自分を罵りながら、私はその毒を必死で治療してみたが駄目だった―黒色化は、彼の皮膚を通じてすみやかに全身へと広がった。彼は激しく痙攣し、痴呆のような支離滅裂なうわごとを言い始めた。最後に激しく震盪症状を起こし、嘔吐と痙攣を繰り返した。彼の目が膨らみ始めたとき、脳の炎症が致命的なもので、もはや手遅れであることを知った。その毒はものの数分で彼の命を奪った。
我々は3人の犠牲者を出し、潜水士がその海から手に入れたのは4つの普通の真珠だけだった。
余りの恐ろしさに、ヴェリクは、さらなる危険を避けることは、いまだに噂されている巨大真珠の価値に勝ると考え、将来に渡って潜水探検行すべてを禁止することにした。


最終更新:2017年11月08日 23:40